第9章 プロセシングの今後の展望

4. レーザーマニュピレーション

著者:伊都 将司

1. はじめに

 レーザーマニピュレーションとは、「光の力」で微小物体を操作する技術である。光子には運動量があり、光子の進行方向が変化する際にはその運動量も変化する。その際反作用として、光子の運動量を変化させた物質に対して力を及ぼす。この光の力、光圧を用いることで微小物体を任意に操作することが可能になる。光で微小物体を捕まえ、別のレーザー光を照射することでナノ・マイクロ材料の加工、粉砕、パターニング、生細胞のレーザー手術等が実現できる。本節では、レーザーマニピュレーションの歴史、原理とレーザーマニピュレーションを利用したナノ・マイクロプロセシングについて解説する。

2. レーザーマニピュレーションの歴史

 レーザーの発明から10年後の1970年、それまで応用面では注目されることのなかった光圧を用いて微粒子を捕捉する実験がベル研究所のAshkinによって行われた1)。この最初の光捕捉実験では、二本のレーザー光を対向させ、水中のポリスチレン微粒子に挟み込むように照射し、微粒子に働く力を釣り合わせることで光捕捉を実現した。その翌年、Ashkinは微粒子にレーザー光を下方から照射し、微粒子に働く光圧と重力を釣り合わせることで、一本のビームで微粒子を捕捉することにも成功した2)。この方法では、微粒子に働く重力と光圧を釣り合わせて光捕捉するため、微粒子に働く光圧の大きさを精密に測定することができる。
 1986年、Ashkinはレーザー光を顕微鏡対物レンズを用いて集光、照射すると、光照射された微粒子に働く光圧は常に集光位置に向くことを理論的に予想し、また実際に集光レーザー光による微粒子の捕捉に成功した3)。この光による捕捉技術を用いて微小物体を操作する技術がレーザーマニピュレーションである。この技術は「レーザートラッピング(Laser Trapping)」、「光ピンセット(Optical Tweezers)」等とも呼ばれ、様々な分野で利用されている。
 集光レーザー光による光捕捉技術は、一本のレーザー光で被捕捉粒子の三次元的な位置制御が可能であり、また光学顕微鏡を改造し、レーザー光を導入することで光捕捉が実現でき、顕微鏡下で微小物体を観察しながら操作することができる等の利点がある。実際、Ashkinらは植物細胞や単細胞生物の細胞内小器官を顕微鏡で観察しながら光捕捉し、ステージを移動させることで、細胞内で小器官の位置をリアルタイムで観察しつつ移動させることに成功している4)
 これまでに、光圧を用いて様々な研究がなされている。例えば、光圧をマイクロマシンの動力源として用い、微小構造物の形状を工夫して効率よく回転力を与える研究5,6)が浮田らによって、また、河田らによるエバネッセント光による微粒子駆動の、三澤らによる円偏光レーザー光の持つ角運動量を利用した液晶液滴の回転と、光スイッチングへの応用8)等様々な研究報告がある。
 生物学の分野においても、細胞や細胞内小器官の大きさが光捕捉可能なサイズ領域にあり、捕捉用レーザー光の波長を適当に選択すれば非接触、非破壊で生体物質を操作できることもあって、細胞一つずつの分離、培養9)、バクテリアの鞭毛や精子の運動力学研究10)、赤血球の形状復元11)、細胞接着12)等盛んに利用されている。

2. 光トラッピングの原理

3.1 微粒子サイズが光の波長より大きい場合

 微粒子サイズがトラッピング光の波長より大きい場合、微粒子に働く光圧の大きさを求めるには複雑なMie散乱理論を用いる必要があるが、光トラッピングの原理を理解するには、幾何光学を用いた定性的なアプローチのほうが直感的で理解しやすい。対物レンズで集光したレーザー光を、溶媒に分散している透明な微粒子に照射したとき微粒子に働く光圧を図1を用いて説明する。微粒子と分散媒の屈折率が異なる場合、図1のAで代表されるように微粒子に入射したレーザー光は微粒子表面で屈折され進行方向が変わり、光子の運動量が変化する。この光子の運動量変化によって光圧が発生する。光線は微粒子から分散媒に出るときにも屈折されるためこのときにも光圧が発生する。すべての光線の寄与を加え合わせ光圧の合力を計算すると、微粒子の屈折率が分散媒の屈折率よりも大きい場合にはレーザー光の集光位置を向く力になる。

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