第3章 プロセス装置

2. プロセス用レーザー

9. フェムト秒レーザー

著者:関田 仁志

9.1 はじめに

 ここ数年、フェムト秒レーザーの産業応用に対する期待が急速に高まっている。元来、ピコ秒およびフェムト秒レーザーによる加工は数多く報告され、実験レベルでは、その潜在的加工能力の高さと産業応用への可能性は誰もが認めるものであった。
 フェムト秒レーザーは、瞬間的に高密度のフォトンを照射することによる多光子吸収プロセスによってターゲット材料に吸収されるため、従来のレーザーとは異なる加工が可能となる。従来のナノ秒レーザーでは、不可能または困難であったダイヤモンド、サファイヤ、水晶、ガラス、セラミックなどの高精度加工や改質を可能としている。また、熱変質、熱歪が極端に小さいため、脆弱なシリコンウェハーや磁石材料の加工にも向いている。
 超短パルスレーザーの孵化期には、自己モードロック色素レーザーなどが使用されてきた。色素レーザーの高調波をエキシマレーザーで増幅させることで発生した紫外線の極短パルスレーザーによるダイヤモンド加工研究が90年代前半には既に行われていた。物理学的には興味深い研究であるが、光源の複雑さとそれに起因する不安定さ、装置のサイズ、コストから、産業化までは距離を感じさせる水準であった。超短パルスレーザーの媒質が液体(色素)から固体(チタンイオン添加のサファイヤ結晶)に置き換わり、更にその励起光源がガスレーザーやランプ励起固体レーザーからLD励起全固体レーザーに代わると、サイズ、安定性・信頼性の点で、大きく産業用に近づいた。それでも、毎日、研究者が光軸などを調整しながら使用する理化学研究ツールとしての時代が続いた。90年代に登場した、フェムト秒ファイバーレーザーは安定性・信頼性、サイズ、潜在的なコスト低下の可能性から、パルスエネルギーが小さい点で適応領域は限られるものの、フェムト秒レーザーの産業応用を強く感じさせる技術であった。
 しかし、本格的な産業応用を可能にするためには、更に数年間、周辺技術の成熟を待つ必要があった。90年代は、光通信技術が大きく進化し、半導体レーザー(LD:Laser Diode)の高品位・高出力化、普及、低価格化に大きく貢献した。結果として、この光通信産業の発展は、LD励起全固体レーザーの高信頼化、高安定化、低コスト化を実現し、更に、フェムト秒レーザーの進化にも大きく貢献した。
 近年、フェムト秒レーザーが長寿命・高信頼化されたため、その産業応用の可能性が現実的となった。図1は、10,000時間の寿命試験データで、2002〜2003年に行われたものである匕パワーダウンの主要因であるLD(半導体レーザー)出力の経時変化も更に改善されている。これにより、24時間稼動でも1年以上の無調整連続動作が可能となり、工場での利用の可能性が示された。また、初期導入コストも低下しており、これが、従来の紫外線レーザー程度まで低下すると、急速に普及すると予測される。
 日進月歩の技術であるだけに、ハンドブックの情報としての寿命は短いかもしれないが、できるだけ最新情報を盛り込んだ。


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9.2 フェムト秒レーザー光源

 フェムト秒光源の詳細な構造や、国立研究機関が開発している大出力・大型光源、通信用半導体デバイス光源に関する詳細は専門書、学術論文に譲るとして、ここでは、フェムト秒レーザーの加工を目的とするユーザーが、レーザー光源を選択する際の指針となるように、現在市販されている代表的な製品を中心に概説する。
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9.2.1 フェムト秒レーザー光源の分類

1) 媒質による分類
 代表的なレーザー媒質は、液体(色素レーザー)、固体結晶(チタンサファイヤ;TiS、Ybイオン添加結晶など)、ファイバー(Ybイオン添加、Erイオン添加など)などがあり、それぞれ異なる発振波長を有する。近年、半導体媒質による超短パルス発生の研究も進んでいるが、現状ではnJクラスの出力で、加工用光源としては限定的な領域に利用される2)。レーザーのパルス幅を時間的に圧縮するためには、レーザー利得媒質のスペクトル幅が広いことが必要であり、利得帯域が広いほど短い時間幅のパルスを発生することができる。
2) 構成による分類
 基本的には、モードロック発振器単体のもの、または発振器に増幅器を1段または複数段組み合わせたものが主流である。
3) 波長による分類
 パルスエネルギーが大きく、加工用途に有益なチタンサファイヤ結晶は700〜1000nm程度の幅広い利得帯域を持ち、この利得帯域で中心波長可変のものや800nm付近で中心波長固定の製品がある。また、Erイオン添加ファイバーレーザーは波長1.5μm付近、Ybイオン添加ファイバーレーザーは波長1.05μm付近である。
 フェムト秒レーザー光源と波長変換ユニットを組み合わせれば、更に多くの波長を利用することができる。SHG、THGのような高調波発生により紫外線が、OPA(Optical Parametric Amplifier)やDFG(Difference Frequency Generation)などの波長変換技術によりチューニング可能な赤外線が得られる。CYBERLASER社やコヒーレント社などは、外部オプションでこの種の波長変換ユニットを提供している。波長780nmのチタンサファイヤレーザーの場合、第二高調波(SHG)はブルー光(390nm)、第三高調波(THG)は、260nmの紫外光となる。また、長波長側は、図2に示すようにDFG構成により6〜10μmで、連続的に波長可変のフェムト秒出力が得られる。チタンサファイア結晶で発生される8001imの光からOPG(Optical Paramentric Generator)とOPGにより2波長のフェムト秒レーザー光に変換し更にDFGによってチューニング可能な光源としている3)

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9.2.2 フェムト秒レーザーの特性と加工への影響

1) パルス幅
 フェムト秒レーザーというと、数fs(フェムト秒)から数100fs(フェムト秒)までの大きな時間範囲のパルス幅を持つレーザー光源の総称で、その加工性能は、パルス幅を変えるだけでも、千差万別となる。更に超短パルスレーザー(Ultra-Fast Laser)と言うと、より時間幅の長いピコ秒(ps)レーザーが含まれるので、加工目的や加工材料、精度から適応できるパルス幅を選択する必要がある。一般的に、加工サイズが比較的大きく周辺の変質、変形が問題とならない材料はピコ秒に近いパルスのレーザーによる加工が可能であり、一方で、加エサイズが小さく熱変質しやすい材料や精密な加工精度を必要とするものは、短いパルス幅のほうが良好な加工が実現できる傾向にある。例えば、金属を加工する場合と半導体を加工する場合では、加工速度や周辺の変質など、異なる加工要求に対し最適なパルス幅が異なる可能性が高い。レーザー加工特性は、ターゲット材料に大きく依存し予測が困難であるため、一般的な傾向だけで判断せずに、実際に実験的に確認することを勧める。
2) 波長
 フェムト秒加工が多光子吸収プロセスであると言っても、同時にナノ〜ピコ秒レーザーと同様の線形吸収プロセスがあることは言うまでも無い。したがって、加工の目的に合わせて、パルス幅だけでなく、波長も同時に検討することが重要あり、必要に応じて波長をチューニングすることが必要な場合もある。特に、内部加工・裏面加工を行う場合、また奥行き方向に損傷を残したくない場合、加工材料が線形吸収しない波長を選択する必要がある。
 複数の材料から構成されるデバイスの特定材料だけを内部加工する場合、かつ、周辺に損傷を与えたくない場合、フェムト秒の波長を十分に検討し、選択することが重要である。適切な波長を選択すれば、完成されたモジユールや装置のケースの外側から、内部を検査、リペアーすることも可能となる。
 一方で、特定の分子結合エネルギーに共鳴する波長にチューニングすることで、周辺の損傷無く、選択的に特定の分子結合を分離することも可能であり、ナノサイズの究極の微細加工が実現できる。フェムト秒レーザーの波長を可変にすることで、適応範囲が広がり、更に高付加価値加工が可能となる。
3) 信頼性と安全性
 産業用光源として更に重要な性能は、長期安定性と対環境性である。いずれも、コストとトレードオフの関係にあるが、通常の環境であれば、10000時間以上の出力を維持する技術には到達している。今後、波長変換との組み合わせが増えると、出力を安定化させるだけでなく、ビームのモード、品質、ポインティングなどを高次元で安定化させる必要が出てくる。基本波の出力が、いかに安定していても、モードや、ポインティングが揺らいでいれば、波長変換後の出力も変動することとなるからである。発振器や増幅器の熱的安定を更に追及する必要がある。
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9.2.3 フェムト秒レーザー光源の特徴と製品例

 モードロック発振器の一般的な製品仕様は、数10MHz帯の高繰り返しで、低パルスエネルギーが特徴となる。平均出力が1〜2W程度、繰り返し周波数が80MHzであれば、パルスエネルギーは、数10nJと小さくなる。代表的な商品は、米国コヒーレント社のVITESSE(Optima900-F、100fs、80MHz、650mW)やMIRA、米国スペクトラフィジックス社のMaiTaiなどがある。
フェムト秒ファイバーレーザーもモードロック発振器に分類され、同様に高繰り返しで、低パルスエネルギーとなる。ファイバーを媒質に使用することで排熱が良<、小型、軽量で対振動性、信頼性に優れている。現在、販売されている製品のパルス幅は100fsよりも長く、数fs〜数10fsの発振器としては使用できない。先駆的な製品は、IMRA社のFemtoliteシリーズで機種BS-60は、波長1560nm、平均出力60mW、パルス幅lOOfsである。このSHGは、波長780nmとなり、チタンサファイヤレーザーの波長と一致するため、後述のCPA方式の発振器としても使用できる。他には、ドイツTOPTICA社のFFSシリーズなどがある。
 1985年ミシガン大学教授G。MourouによるCPA(Chirped Pulse Amplification)の発明により、mJクラスの高パルスエネルギー化の道が開けた4)。現在、商品化されている高パルスエネルギーのフェムト秒レーザーは、全てこのCPA方式を採用している。図3に、基本構成を示す。モードロック発振器で発生された数10MHz帯の高繰り返しフェムト秒レーザーを、ストレッチャーと呼ばれる波長分散素子でピコ秒(ps)程度のパルス幅に伸延する。これを再生増幅器で増幅した後、再度、コンプレッサーと呼ばれる波長分散素子でフェムト秒に圧縮する。増幅段階で、パルス幅を伸ばし、ピークパワーを低下させることで、レーザー媒質および光学素子の損傷を避けながら高効率で、高パルスエネルギーを発生させている。日本原子力研究所など、各国の国立研究機関が開発した数100TW〜PW(ペタワット)レーザーは、このCPAを多段に構成することで実現されている。
 代表的な商品は、CYBER LASER社のIFRIT(1mJ、1kHz、1W)や米国コヒーレント社のしegend(1〜2.5mJ、1〜5kHz、2.5W)、フランスTHALES(タレス)社のFemtoCube1000(2.5mJ、1kHz、2.5W)などである。ほとんどの商品が、パルスピッカーと呼ばれる装置を発振器の後段に設置することで、繰り返し周波数をMHzからkHz帯に落とし、1パルスあたりのエネルギーを増大させている。

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9.2.4 最新技術

 近年Ybイオン添加結晶を用いたピコ秒〜フェムト秒レーザーの開発・製品化が活発化している。特にミリでは、国家Pjにより数10〜100Wクラスの光源が実験レベルで実現されている。Ybは準3準位のエネルギー構造に起因する不安定性を持つ一方で、結晶の量子効率が高く、またLDで直接励起できるという利点がある。YbO利得スペクトル帯域が一般的には狭いことから、ピコ秒が発生しやすいが、近年はフェムト秒パルスの光源も実現されている。
 製品としては、オーストリアHIGH-Qレーザー社のNOVA(500nJ、1MHz、500mW、400fs)などが販売されている。
 また、フェムト秒レーザーを伝送するフォトニクスクリスタルファイバーの市販も開始されている。加工に利用できる水準のフェムト秒パルスが、ファイバー伝送されるようになれば、その利便性•メインテナンス性も格段に改善される。
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9.3 フェムト秒レーザー加工機
9.3.1 フェムト秒レーザーの適応市場

 産業用フェムト秒レーザーの性能は、適応される市場と密接な従属関係にあり、マーケティングに基づいた二ーズオリエンテッドな光源の性能が必要とされる。非熱可能と言う点では、紫外線レーザーと競合するケースも多々出てくると予想する。以下に、主なフェムト秒レーザー市場を記述する。
・半導体、液晶などの修正・微細加工
・ガラス、サファイヤなどの透明材料の加工
・導波路やAWGなど光通信部品の加工
・航空機や自動車などのエンジン部品加工
・たんぱく質の分析・結晶化などのバイオ・医療応用
 それぞれの、応用に対し、最適なパルスエネルギーが存在し、また、必要とされる繰り返し周波数や、波長なども異なる。今後、フェムト秒レーザー加工が具体化するにつれて、より一層、各市場に特化した光源の供給が重要となる。
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9.3.2 フェムト秒加工機の特徴と性能

 ここ数年、フェムト秒レーザーを搭載した加工機が販売されている。
 2005年にシグマ光機社から販売開始された、LWL3030fsは、ステージスキャン方式(ステージ解像度0.1μm)、ステージの加工範囲(320x320mm)、最大スキャンスピード500mm/秒のフェムト秒加工機である。光源としては、CYBERLASER製のIFRIT(1kHz、1mJ、1W)または、IMRA社製のJEWEしのいずれかを、ユーザーの加工材料、目的に応じて選択し搭載できる。本体外形は1600(W)x1250(D)x1600(H)mm、重量は800kgである。JEWELを搭載した同型機種は、IMRA社からも販売されている。
 これ以外には、ドイツ3Dマイクロマック社製のFS-150、東京インスツルメント社製のFLS-100がある。また、CYBER LASER社では、目的の加工(速度、精度など)を満たす、加工ソリューションビジネスを行ったうえで、カスタマイズされたフェムト秒加工機の提供を行っている。
 また、マスクリペアーに特化したフェムト秒加工機(DRSXシリーズ)が、米国CSI Control Systemation社から販売されている。フェムト秒レーザーによるマスクリペアーは、1988年にIBMによって最初にデモンストレーションされた4)。基板に損傷を与えることなく、金属層だけを剥ぐ事が可能で、従来のリペアー装置よりも高い性能を実現している。
 いずれの加工装置も、初期的なもので、実験機的な領域を出ていない。今後、更に開発が進み、用途ごと、例えば、ガラス割断用、シリコンウェハーダイシング用、サファイヤ基板ダイシング用、または、たんぱく質結晶化用など、目的に合わせて最適化された商品が登場し、本格的な産業利用時代を迎えるだろう。
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[参考文献]

1) K. Takasago. T. lmahoko, N. Nakata, T. Sumiyoshi and H. Sekita, “10, 000-hour maintenance-free operation of 1-w femtosecand laser for industrial applications, MCLEO Pacific Rim 2005, Tokyo
2) K. Kim, S. Lee and P. J. Delfyett, ukWAll-semiconductor mode-locked eXtreme chirped pulse Amplification system, MIEEELEOS 2005, Sydney
3) T. Imahoko et al. , Turnable femtosecond high power mid¬infrared laser pulses, “IEEE LEOS 2005, Sydney
4) D. Strickl and and G. Mourou, “Compresion of amplified chirped optical pulses, “Opt. Commun. , 56, 219, 1985
5) R. Haight, etal. , “High resolution material ablation and deposition with femtosecond lasers and applications to photomask repair, “SPIE 3546, 477, 1998
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【参考製品】