第1章 プロセシング入門

2. プロセシング入門基礎

著者:増原 宏

1. サイエンスに支えられたプロセシング

 レーザーは1960年アメリカのMainmanによって発明され、以来新しい科学研究と技術開発が展開されてきた。それらのとどまるところを知らない発展は、レーザーが基本的な技術革新をもたらすものであることを示している。応用技術の一つであるレーザープロセシングも又非常に速いスピードで進歩してきており、今尚飽和する気配はない1,2)。レーザー技術が登場した直後から、レーザーをあらゆる材料、さまざまのデバイスのプロセシングに応用する開発研究が開始されたが、その先鞭をつけた研究者、技術者の将来予測、直感が正しかったことが良く理解される。
 レーザーの発明以来45年を経たが、レーザープロセシングをめぐる技術開発状況は大きく変わった。まずレーザーの性能が大きく進歩し値段はきわめて安価になり、そして安定性が格段に向上した。そのため、理学、工学の諸分野は言うにおよばず、宇宙、産業、医療、農業などありとあらゆる領域でレーザーを使った技術が導入されている。又サイエンスとして、レーザーと物質の相互作用、レーザーによる物性制御、レーザー誘起反応のダイナミクスとメカニズムの研究などが大いに進み、光科学として膨大かつ詳細な知見が集積しつつある込その成果は応用物理学会を中心に、物理学会、日本化学会、電気学会、分子構造総合討論会、光化学討論会などで発表されている。レーザープロセシングの基礎研究は、分光学を中心にレーザー光と物質の相互作用を中心に調べること、溶融、衝撃波の広がり、物質飛散など形態の変化を解析することに大別される。前者は化学、物理、後者は電子工学、応用物理、材料工学、医療の分野の立場からなされてきたが、最近になって両研究の融合が見られ、真にプロセシングのダイナミクスとメカニズムの理解が可能になろうとしている。この研究が進めば、技術としても革新的な、ナノ時代にもふさわしいレーザープロセシング技術に育つものと期待される。レーザー励起から加工にいたる時間発展は、金属、半導体、誘電体、水、蛋白質、細胞などそれぞれの系に特有であり、それぞれにふさわしい測定手法、解析手法を駆使して初めて明らかになる。まさに基礎過程の理解の上に真に有効なプロセスが提案できるわけで、サイエンスに支えられたレーザープロセシングの発展と言うことができる。本節ではその代表例として、筆者の研究室で行われてきた有機薄膜のフェムト秒レーザープロセシングを取り上げ4,5)、プロセシング入門基礎としたい。

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2. レーザープロセシングと時間分解測定

 フェムト秒レーザープロセシングの場合、励起パルス幅が狭いため、電子状態励起に続く後続過程を直接的に測定しそのダイナミクスを明らかにすることができる。ここでは実時間測定のデータをもとに、プロセシングにおけるフェムト秒レーザーの優位性を考察する。フェムト秒は一般に非熱的加工と言われているが、上昇温度、それに要する時間スケール、物質飛散の始まる時間、熱伝導の範囲など、励起からアブレーションに至る道筋が系統的に調べられてはいなかった。我々は、光源としてパルス幅170fsのチタンサファイアレーザーを用い、アブレーションが起こるその励起条件下で図1に示すような各種時間分解計測を行った。励起直後の時間分解可視吸収スペクトルにより電子的励起状態とその緩和過程、後続の状態を帰属、解析する。薄膜表面に起こる変化は、時間分解表面光散乱イメージングで追跡する。形態変化が進み物質が放出される過程は、時間分解シャドウグラフィー(写真撮影)で観察する。もちろん最終的にエッチされた表面形状、深さはデプスプロファイラーか原子間力顕微鏡で評価し、その化学的分析もおこなう必要がある。これらの計測法を組み合わせることにより、対象物質の電子状態励起から形態変化へのエネルギーの流れ、アブレーションのダイナミクスを明らかにすることができる。このような時間発展の知見にもとづいてこそ、真に新しいプロセシング技術の開発も可能になると期待される。


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3. レーザーアブレーションにおける温度上昇と表面乱れの実時間測定

 フタロシアニンは化学反応が起こりにくく、熱分解温度も高く、安定な顔料として広く使われている。又基礎的にもその薄膜、結晶、固体の光物理光化学過程、光電変換過程が詳しく調べられ、多くの分光学的データも蓄積されている。したがって光励起からアブレーションに至る道筋を明らかにする格好の研究対象と考えられる。このフタロシアニン薄膜に上記計測法を当てはめて得られた結果を紹介する。フタロシアニン薄膜のフェムト秒時間領域の時間分解可視吸収スペクトルは、アブレーション闕値より高い励起フルエンスでも、良い光学条件の下で測定できた。一例を図2に示す。励起後数ピコ秒前後のスペクトル形状はフタロシアニンのエキシトンのそれと同じ形状を与えている。これは初期に生成する状態はイオンでもなくプラズマでもなく、ごく当たり前の励起状態が生成することを意味している。その後のスペクトル形状はフルエンスによって変わり、かなり低いフルエンスで励起したときは、ナノ秒後には何のスペクトルも観察されなかったが、フルエンスが高いときには、数ナノ秒まで残る吸収変化が見られている。この遅い時間のスペクトルは、電子状態は基底状態にあるが分子振動状態が励起されている状態、すなわちボルツマン分布を反映した温度の高い基底状態を示すホットバンドとなっている。したがってこのスペクトル形状から擬似温度を見積もることができる。図3に測定された励起後500psホットバンドの過渡吸光度と温度との関係を示すが、分光学的に時々刻々変化する温度を見積もることができるその意義は大きい。アブレーション闕値から少し上のフルエンスでは、その温度上昇はさほど高くなく、到達温度はフタロシアニン固体の融点より低く、またフタロシアニン分子の熱分解温度より低いことがわかる。この点からもフタロシアニン固体の場合、分解反応や溶融がアブレーションを引き起こすわけではないことがわかる。図4にフタロシアニン薄膜のエキシトンとホットバンドの生成消滅ダイナミクスを示すが、エキシトンの減衰とホットバンドの生成はよく対応している。そのダイナミクスはフルエンスが高いほど速く、エキシトン同士の相互作用によりお互い失活し、熱に変換されることがわかる。擬似温度ではあるが、温度上昇速度が1秒当たり10の13乗度にもなることが示されたのは興味深い。
 次に、この様な急激な温度上昇後の表面形態変化について述べる。フェムト秒パルスを水に絞り込み発生させたフェムト秒白色光をプローブにし、表面状態を時間分解表面光散乱測定により調べた。拡散反射により表面が粗くなると散乱光が強くなることを利用したもので、校正することにより、表面粗さの時間変化を求めることができる。この結果を図5に示す。フェムト秒パルスで励起しているにも関わらず、表面がでこぼこになってくるのは、数ナノ秒後である。10ナノ秒以後になってやっと平均粗さは数10nmに達する。さらに時間がたってからフラグメント化された物質の飛散が見られ、生成したエッチ深さが評価される。又飛散したフタロシアニンはナノ粒子化していることも確認されている。この時間発展を模式的に図6に示す。






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4.フェムト秒プロセスはなぜ非熱過程か

 同じ波長、同じフルエンス、似た空間ビームプロファイルを持ち、パルス幅だけが異なるチタンサファイアレーザーを使って、レーザープロセスにおけるパルス幅効果を考察した例を紹介する。我々は一台のチタンサファイアレーザーから、フェムト秒、ピコ秒、ナノ秒の各パルスを発生させ、同じフタロシアニン薄膜の単一パルスによるアブレーションの実験を行った。前提となるパルスの特性を図7に与える。パルスの中心波長は780nmで、フェムト秒パルスの時間幅は170fs、一方ナノ秒パルスは裾を引いているが、その有効半値幅は100nsである。空間分布はほぼ似たプロファイルを与えていると判断される。単一パルスによるエッチ深さをレーザーフルエンスに対してプロットした結果を図8に示す。ナノ秒レーザーアブレーションの場合は、数十mJ/cm2に闕値を持ち、その後フルエンスの増大につれ、エッチ深さはだんだん深くなる。このエッチ深さのフルエンス依存性は各種レーザーアブレーション現象にみられる典型的なものであり、次に述べるフェムト秒エッチングに対して“滑らかエッチング”と呼ばれている。フェムト秒パルスの場合は、同じような闕値を持つが、フルエンスの増大に際し、エッチ面積が増えるだけで深さは変わらない。300mJ/cm2以上になると膜厚230nmがそっくりエッチされてしまう。このフェムト秒特有の薄膜のフルエンス依存性を我々は“離散的エッチング”と呼んでいる。このようにパルス幅が違うだけでレーザープロセスが大きく変化することをどう説明するか、これがフェムト秒プロセスを理解する鍵の一つである。
 我々の考えているフェムト秒アブレーションメカニズ厶を、時間発展を模式的に示した図6に従って説明する。フェムト秒パルスの場合、励起状態が急速に減衰し温度が上昇するのは10psのオーダーであるが、一方表面の乱れが見えたのは10ナノ秒後である。この間励起された部分が激しい分子振動や格子振動を起こしている、しかし励起されていない部分は冷たく、かつ熱伝導はこの時間領域では広くは起こらないので、励起された部分に高い圧力が生じる。この過渡的な圧力は薄膜の横方向、基板のガラス板に等方的にかかるが、上部は空気で開かれている。したがって図9に示すように、半分に割れて上部だけが上に飛散していくと考えられる。結果として“離散的エッチング”が見られ、また励起された領域でアブレーション闕値を越えた部分だけがこの飛散過程に入るので、フルエンスが上がるとエッチ面積が増えると説明される。従来よりフェムト秒プロセスは非熱的過程といわれていたが、温度が上がっていないわけではなく、温度が上昇しても溶融する前にはじけ飛び出したから、非熱的な加工面を与えていたのである。
 同じ波長、ほぼ同じフルエンスでもナノ秒パルス励起の場合に異なったエッチング挙動を示すのも、同様図6に従って説明できる。ナノ秒の場合、エキシトンの本来の寿命よりも十分長い時間をかけてエネルギーが注入される。励起パルス幅内で順次エキシトンは失活し熱エネルギーに変換され、温度がしだいに上がっていく。その過程で熱運動が物質飛散をもたらすレベルになれば、表面のその部分は乱れ次にアブレーションに入っていく。エネルギーが吸収されるタイムスケールは100nsオーダーであり、この時間領域ではフラグメントは十分動ける。すなわち、光吸収、緩和、熱運動への変換、表面乱れ、溶融、物質飛散が同じ時間スケールで起こる。したがって吸収された光子数が増えればその分だけエッチ深さも増える。結果としてフルエンスに滑らかに依存するエッチングが出現したと考えられ、熱的効果が大きいと説明される。




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5. おわりに

 ここではきわめて具体的に色素固体薄膜のレーザーアブレーションのその場測定観察の結果を説明し、パルスレーザーにより注入されたエネルギーが如何に時間発展して、形態変化に至るかを示した。従来フェムト秒アブレーションは、プラズマ状態を経て起こる、照射領域の急激な膨張収縮が断熱的に起こるなどといわれてきたが、少なくとも有機固体のアブレーションについては強励起下の光過程として、通常の光物理光化学の枠内で理解できることが明らかとなった。早い緩和により照射領域の分子振動・格子振動が非常に激しくなり、その部分の圧力が過渡的に高くなって、結果として局所的な脆性破壊がもたらされると考えている。又衝撃波が周囲に伝播する。このようにフェムト秒レーザープロセシングを理解しているわけであるが、そうするとフェムト秒レーザーをいわゆる加工に応用していくだけでなく、超分子や蛋白質の結晶化や細胞の非接触操作を可能とする全く新しいプロセシングの道が見えてくるのである。金属や半導体のフェムト秒レーザー励起初期過程もまた時間分解計測により、新しい概念が提案され新しい応用がさらに出てくることは間違いない。今尚レーザープロセスは発展しつつあり、その基礎過程の解明により革新的な技術開発が続くものと確信している。
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[参考文献]

1) 電気学会編、「レーザーアブレーションとその応用」、コロナ社(1999)
2) 永井治彦、「レーザープロセス技術」オプトロニクス社(2000)
3) 「光科学研究の最前線」、強光子場科学研究懇談会(2005)
4) Y.Hosokawa, M.Yashiro, T.Asahi, M.Masuhara, Proc.SPIE,4274,78(2001)
5) Y.Hosokawa, M.Yashiro, T.Asahi, M.Masuhara, J.Photochem.Photobiol.A.,142,197-207(2001)
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