むすび

 レーザー発明以来約45年、レーザーはパワーの高出力化はもとより、レーザー波長域の拡大や短パルス化における成果には目覚しいものがある。レーザープロセシングの発展においても、単にレーザー熱源として使われるだけでなく、多種多様な応用面ではレーザーのさまざまな性質が巧みにその効用を発揮している。多様なレーザープロセシングの意義を考察することで、むすびとしたいと考えている。そのためレーザープロセシングのいくつかの例を取り上げて紹介するが、技術内容に立ち入った紹介するのが主旨ではない。レーザープロセシングの特長といったものを読み取っていただければ幸いである。ひとつの例として最初に自己整合プロセスを紹介しているが、仮にこのようなプロセスがもっと別のケースでも沢山発見されるのであれば急速に普及するに違いない。そのために大事なことは以下に述べるようないろいろの違った観点から見ることであろう。レーザープロセシング研究は実用性が重要であることは当然であるが、多面的な考察を行うことで学術的な意義が一層高まるものと考えている。
 まず、自己整合的と自律性などがどのような特長を表すかについて説明したい。自己整合と自律性は似たような言葉だが、共にレーザープロセシングでは追求されるべき重要なテーマである。自己整合は、レーザードーピングを利用するが非常に精度よく金属薄膜の選択成長がなされるという発見である。自己整合プロセスの実験例をあげる。n型GaAs基板にSiレーザードーピングするとn+層に転ずるが、その後、銅めっきを行うと、下地ので層の形状に沿って銅が析出する。正確に言うと、線幅は膜厚の2倍だけ増加するが、肝心なことは下地の形状に非常に忠実にCu堆積がなされることである。これを自己整合的という。下地の原子の並びに整合して薄膜堆積できれば、精密なマスク合わせが不要であり、プロセスの簡素化が出来る。自律性の方はどうかというと、表面電磁波(SEW)による溝形成が良い例である。表面電磁波はレーザー光線の特殊な伝播の形であるが、表面付近に電界の強弱をつくる。これをエッチング雰囲気におけば、電界の強弱に応じてエッチングされるが、エッチングピッチが光波長や入射角度により自律的に決定されるのが特長である。この場合も光電界の弱いところでの暗反応が問題であり、いろいろな応用を創出しようとすれば基板と反応性ガスの組み合わせが重要である。微細な縞のピッチがこのように、マイクロポジショナやマスクなどを使わずに自律的に決まるので、誤差などの入る余地は少なくなる。
 レーザープロセシングでミクロな加工となるとコントラスト比とアスペクト比などが問題になる。上述のGaAsの自己整合的なCu薄膜形成と表面電磁波(SEW)エッチングについて考察してみる。Cu薄膜形成のコントラスト比は、理論的考察でも非常に大であるが、実験でも非ドープ領域に堆積は観測されない。つまり非常に高いコントラスト比を示した例といえる。高アスペクト比の例は、SEWエッチングである。SEWエッチングの特長は、プロセスが正帰還的に進行する点である。正帰還という意味は最初何も無い状態からエッチングがスタートし、少し溝が形成されるとレーザー光線の散乱強度が増して、ますますエッチング速度が増加する。この過程が繰り返し行われるので溝の深さはレーザー照射時間に対して指数関数的に増加する。これと対照的なのがホログラフィックグレーティングである。ホログラフィックグレーティングの溝深さは、照射時間に対して単純に比例的にしか増加しない。このことからSEWエッチングで高アスペクト比が得られることが理解される。応用例として、(100)InP基板上、1μmバッファ層と500Aキャップ層の間に形成された厚さ100AInGaAs単層の量子井戸層を工ッチングして直径70nmの量子ドットが形成された例が報告されている。
 レーザープロセシングにおいて単純化、コストダウン、プロセス温度の低温化が中心課題になる。こういった指摘に対して以下のような3つの違った意味であるが、直接プロセスという考え方が取り入れらる。まず、直接パターン形成では、レジストなしのプロセスを直接プロセスと呼ぶ場合が多い。レジストを使用しないでパターンを決定し薄膜形成、エッチングその他のプロセスを行うのである。素人的に考えても直接プロセスが応用できれば相当のプロセス単純化が実現されることは理解できる。次に、薄膜形成では、熱励起などを伴わない直接光分解の有用性が指摘されている。プラズマ励起プロセスなどで問題となる高エネルギイオンによる基板衝撃、真空紫外線などの高エネルギ光子(フォトン)による膜質劣化など有害な作用を避ける利点がある。直接光分解では、余分な熱発生がなく、また熱化学利用と違って基板加熱が不要であり加熱影響が少ない。レーザープロセシングが低温プロセスであるとされる理由である。第3は、直接描画(直描)である。これは、前述のレジストなしに対して、マスクレスとなる。
 さて、レーザープロセシングの発展の原動力になるのは、いうまでもなくレーザーの発達である。これまでにも、新しいレーザーが発明されるたびにレーザープロセシングは、それまでの常識を超えるような新しいレーザープロセシングを生み出してきた。そういった中で魅力的なレーザーの1つが真空紫外域の水素ラマンレーザーである。波長200nm以下の真空紫外線は空気中を伝播しない特殊性があるが光・物質相互作用の面ではきわめて有効であることが示されている。真空紫外レーザーの実現はレーザープロセシングに大きな飛躍をもたらしたが、特に有効なレーザーは、波長160nmの反ストークスラマン光(AS6)である。照射フルーエンス0.4J/cm2においてPTFEを効果的にアブレーション出来るが、それより低次(長波長)の反ストークス光ではより高フルーエンスでもアブレーションは起きない。つまり、直接光分解の効果を如実に示した例である。2光子吸収に頼ることなくポリマ分子の直接分解が出来るようになったのである。VUVレーザー応用は、次に述べる、多重波長プロセスという新しいレーザープロセシングを創出した。
 多重波長プロセスは、レーザープロセシングの応用範囲を、高バンドギャップエネルギの物質に拡大した。石英のバンドギャップエネルギは〜9eVと大きく、ポリマの場合と違って直接的な結合切断は得策ではない。また、石英は190nmより長波長では吸収がないので、266nmYAGレーザーではアブレーション効率が低い。そこで、励起状態吸収(ESA)を利用したアブレーションが開発された。水素ラマンレーザー6次反ストークス光:AS6(波長160nm)により一旦、中間的な状態に励起しておき、励起状態吸収(ESA)を利用して、弓Iき続く266nm光を照射するとアブレーション効率が向上する・266nm光の発生効率は高いので、プロセスコストの点から、多重波長プロセスはコストメリットがある。真空中においた石英基板にAS6(波長160nm)をレーザーフルーエンス170mJ/cm2で100パルス照射しておき、引き続いて基本波266nm光をレーザーフルーエンス2J/cm2で10パルス照射し、アブレーション加工がなされた例では、深さ40μmという大きな値を得ている。
 多重波長プロセスは、ESAを利用できるようにVUVレーザーの利点は利用し、かつ、VUVレーザーの持つパワーの弱点を266nmレーザーのパワーで補うという理にかなったプロセシングである。加工対象としては最初、石英ガラスだけであったが、その後、多様な誘電体に広げて行き、多様なレーザー波長の組み合わせでアブレーションができるようになった。
 ここで、レーザープロセシングが具備すべき基本的条件とされる物質選択性と空間選択性に関係した事項を挙げておきたい。物質選択性の例として最初に注目されたのに成長核の利用がある。集束したuv-Arイオンレーザー光を用いて原料ガス中で基板上に直描による成長核生成を行い、その後、エキシマレーザーで全面照射を行った時に成長核の付近にのみ選択的に金属膜の成長が観測された。この場合、フォトンコストの高いuv-Arレーザーは成長核を形成する程度にとどめておき、エキシマレーザーレーザーを照射することで全体の低コストを図られた。レーザードーピングによる自己整合的Cu堆積も物質選択性の例と言えなくもない。この場合はn型層とn+層とでは電子物性的な違いは僅かであるが、Cu薄膜の堆積速度には大きな差異が観測された。次の空間選択性という場合は転写パターンの忠実性や直描における線幅解像限界が関係する。レーザープロセシングは、パターン投影の場合でも直描でも非線形性の効果が著しい。理論解析でも非線形性にもとづく最小線幅の縮小が得られている。レーザードーピングでは転写パターンに対して線幅の縮小が観測された。直描の解像限界も、おそらく予測どおりの最小線幅が得られるだろう。ナノテクノロジ時代には、表面電磁波エッチングで実証したレーザー光線の波長を尺度とする空間選択性が有用となる。
 最後になるが、1990年頃から急速に進歩を遂げたフェムト秒レーザープロセシングには、大きな期待が掛けられている。従来とは全く異なる新しい物質相互作用を創出することは間違いない。超短時間、超高強度という新しい物理的・化学的環境での新しいレーザープロセシング技術が創出されるであろう。
 2006年3月吉日
豊田 浩一