レーザー分光を用いたタンパク質研究の代表的なものとして蛍光分光と共鳴ラマン分光があげられる.蛍光測定については本章の他節(41・2)でも取り上げられているので,ここではレーザー光を用いたラマン分光測定に絞って解説する.なお,ラマン分光法の基礎的事項に関しては文献1)を参照されたい.
41·1·1 共鳴ラマン分光
ラマン分光法,特に共鳴ラマン分光法はタンパク質をはじめとする生体分子の構造化学研究に広く用いられている.ラマンスペクトルは,吸収・発光などの電子スペクトルに比べて,化学結合レベルでの分子構造に関する情報を豊富に含んでいる.タンパク質の構造化学研究に用いられているのは共鳴ラマン分光法が一般的であるのでそれを中心に解説する.
共鳴ラマン効果とは,照射する光の振動数が分子の電子遷移の振動数に近づくとラマン散乱光の強度が著しく強くなる現象を指す.タンパク質の中には,補欠分子族として発色団を持つものがあり,それが活性部位として働くことが多い.したがって,測定用のレーザー波長を発色団の吸収極大に近づけると共鳴ラマンスペクトルが測定でき,活性部位の構造情報が高感度かつ選択的に得られる.これまでに研究されてきた主なタンパク質に次の三つがある.
[1] ヘムタンパク質
ヘムタンパク質はヘムとよばれる鉄ポルフィリン錯体をもつタンパク質の総称である.ヘムの共鳴ラマンスペクトルでは,ポルフィリン骨格のC=C伸縮振動,C-N伸縮振動によるラマンバンドが1300~1700 cm-1に観測される.これらは鉄イオンの酸化数,スピン状態および配位数に関するマーカーバンドとして利用できることが豊富なスペクトルデータの蓄積から明らかになっている2).これらのバンドはあらゆるヘムに共通して見られるものであるが,タンパク質によってはこれ以外に鉄‐軸配位子伸縮振動が観測される.このラマンバンドを調べることで軸配位子の同定ができるほか,軸配位子との相互作用変化をとらえることもできる.そのため,軸配位子のラマンバンドの検出が反応機構の解明に決定的な役割を果たしてきた.
ヘモグロビンにおいては,Fe-N(His)伸縮振動が2種類の4次構造の間で異なることがわかり,これによってペルツによる協同的酸素親和性発現機構モデルの正しさが実証された3).
[2] レチノイドタンパク質
レチナールの共鳴ラマンスペクトルでは,1510~1530 cm-1にC=C伸縮振動モード,1200 cm-1付近にC-C伸縮振動とCH変角振動が混じったモードによる非常に強いラマンバンドが観測される.これらのバンドの振動数や強度は共役二重結合の状態(コンフィギュレーション,共役系のねじれなど)についての構造情報を与える.特に1200 cm-1付近は指紋領域と呼ばれ,ここに観測されるラマンバンドはレチナールの構造を敏感に反映する.また,レチナールはタンパク質中でリジン残基とシッフ塩基を形成して結合しているが,シッフ塩基のC-N伸縮振動はそのプロトン化状態に対して敏感である.
以上のラマンバンドは,特に光反応中間体の構造決定の際非常に重要になる(41·1·3参照).
[3] 種々の金属タンパク質
非ヘム酸素運搬タンパク質(ヘモシアニン,チロシナーゼ,ヘムエリスリンなど),鉄-硫黄タンパク質(ルブレドキシン,フェレドキシンなど),ブルー銅タンパク質(プラストシアニン,アズリンなど)などについて研究がおこなわれている4).配位子→金属イオンの電荷移動吸収帯での共鳴ラマンスペクトルでは,(金属イオン-配位子)伸縮振動が観測される.これ以外にも,非ヘム酸素運搬タンパク質では金属イオンに配位した酸素分子のO-O伸縮振動が観測されている.
これらの振動バンドの振動数やバンド強度から,金属中心の構造についてユニークな情報が得られている.
41·1·2 紫外共鳴ラマン分光
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