2003年4月,ヒト染色体を構成するDNAの全塩基配列を解読する「ヒトゲノム計画」の完了が発表され,ヒトDNA中の約30億個もの塩基対の配列が決定,3万から4万種類の遺伝子が同定された.このようななか,21世紀のポストゲノム研究では,遺伝子の機能や発現プロファイルの解明,遺伝子多型の解析が大きな目標として掲げられている.また,これらの情報をもとにしたゲノム創薬や遺伝子診断・遺伝子治療の進展が期待されている.

遺伝子の機能,発現は,相互に関連しているため,遺伝子研究では数百から数千の遺伝子からの情報を網羅的に解析する必要がある1)2).また,我々の細胞から抽出される遺伝子試料が極微量なために,1回の遺伝子解析操作に要する試料量を可能な限り低減しなければならない.このように,遺伝子解析装置には解析の高速化・小型化が要求される.一般に,複数の物質を含む試料を分析する際には,物質を空間的・時間的に分離し,検出する.したがって,高速・小型化の途をたどる遺伝子解析装置においては,その検出部に,高い空間分解能と迅速な装置応答が求められる.多くの遺伝子解析装置の検出部に,指向性,高い光密度,単色性といった性質を有するレーザー光が用いられるゆえんはここにある.

従来の電気泳動法に変わる遺伝子解析手法としてキャピラリ電気泳動法3)~7),DNAマイクロアレイ1)2)8)~11),PCR(polymerase chain reaction)法1)12)~15)が最も注目を集めている.キャピラリ電気泳動法では,髪の毛程度の微細なキャピラリを用い,キャピラリ内におけるDNAの泳動時間の差を利用してDNAの空間的・時間的に分離し,検出する.一方,DNAマイクロアレイでは,直径数百μmの領域にプローブとなる一本鎖のDNAを固定する.各スポット領域に塩基配列の異なるプローブDNAを固定化したマイクロアレイ上に試料DNAの溶液を導入すれば,試料DNAは相補的な塩基配列を有するプローブDNAとのみハイブリダイゼーションにより二本鎖を形成し,固体基板上に吸着する.このように,あらかじめ複数のプローブDNAを基板上に集積化することで,試料DNAを空間的に分離し,検出する.

以上のキャピラリ電気泳動,DNAマイクロアレイで要求される空間分解能は,キャピラリの直径やアレイ上に集積化したプローブDNAのスポット領域程度であり,μmオーダーである.また,通常,蛍光発光を検出するために,励起光には高い光密度と単色性が要求される.これらキャピラリ電気泳動,DNAマイクロアレイについては後述(40・1節)する.

PCR法では,PCRによるDNA増幅過程をリアルタイムでモニターし,DNAの塩基配列や多型解析をおこなう.(PCR法の原理については多くの書籍がでているのでそちらを参考にして頂きたいが,特に一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)を精度良く解析することが可能であるために,現在ではSNPs検出に広く用いられている.また,微小な反応容器を集積化したマイクロウェルで同時に多くの試料のPCRを行い,検出することが可能となっており,微小反応容器からの蛍光応答を高い空間分解で,感度良く検出するためにレーザーが光源として用いられている.

キャピラリ電気泳動の中でも,特に,1998年に製品化された「シースフロー方式」のキャピラリ電気泳動装置3)は,従来の電気泳動法の数十倍程度の速度で塩基配列解析ができ,ヒトゲノム計画においてその有効性が認められ,現在では遺伝子解析手段として幅広く利用されている.一方,DNAマイクロアレイは,DNAの塩基配列決定のみならず,遺伝子発現状況の解析,多型解析など,さまざまな遺伝子解析への適用が期待されており,いろいろなタイプのマイクロアレイが提唱されている1)2).しかし,検出精度や操作性など改善すべき問題点は多く残されており,今後の改良が待たれる.

レーザーを利用した遺伝子解析では,主に蛍光性の色素を用い,蛍光の発光強度や波長をモニターする手法が一般的である.蛍光検出は一般に検出感度が高く,また遺伝子解析用に複数の蛍光色素が開発されているためである.しかし,蛍光色素はレーザー光による退色の影響が大きく,測定条件や得られた結果の解析に注意を要する.一方,表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)分光法16)~24))やラマン分光法25)~28))を遺伝子解析に適用した例が報告されている(これらの手法については40・2,40・3節に詳しい).蛍光性色素を必要としないために簡便な遺伝子解析法として期待されているものの,一般に検出感度が蛍光法に比べて低く,感度向上のための研究が進められている.

このほかに,短パルスレーザー光を用いた全反射蛍光分光法29)~31))や時間分解蛍光分光法32)~39)は,DNAおよび生体物質の物性評価や光解裂などの反応過程の解析に適用されている.また,レーザートラッピングを利用することでDNAの弾性を評価する試み40)がおこなわれるなど,遺伝子解析のみならず,その物性や反応過程の解明にレーザーが広く用いられている.

DNAやRNAなどオリゴヌクレオチドの検出および物性研究において蛍光法は最もよく用いられる手法である.その際,化学結合あるいはインターカレーションにより蛍光色素をオリゴヌクレオチドに標識し,その蛍光応答を観測する.主にオリゴヌクレオチド検出においてフルオレセイン系,ローダミン系,シアニン系の色素,またはエチジウムブロマイド,SYBER GREEN,アクリジンなどのインターカレーター色素が標識試薬として利用されている.

40・1・1 キャピラリ電気泳動

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