切断,穴あけなど,すでに産業界で広く用いられているレーザー微細加工が医用機器の加工にも用いられている94).バイオ・医療分野における応用は,レーザーアブレーションの特徴を生かして,加工が困難とされていた材料に対して精密微細加工を可能としたものが多く見られる.例としては,薬剤噴霧用カテーテル,吸入器フィルタ,人工血管の微細穴あけにエキシマレーザーが使われている.また,高分子材料の加工特性に注目し,小口径人工血管,カバードステント,高機能性カテーテルが開発されている95).微細な穴の径と分布を厳密に設計して穴あきのセグメント化ポリウレタンフィルムをレーザーアブレーション加工で作製し,細胞の経壁的組織侵入のモデルを定量的に解析する基材として用いられている.
生体内において切開手術をおこなわず容易かつ確実に診断できるマイクロセンサ,さらに治療がおこなえる血管内マイクロマシン,あるいは高機能の休内埋込み型人工臓器などが可能になると報告されている.
37・5・1 医療器具加工
カテーテルへの応用としては,微細加工によりセンサ機能を付加する開発がおこなわれている96).これは,直径1.5 mmのマイクロカテーテルに複数のセンサデバイスや信号伝送のための導線部を作り込むことを目標に開発された.マイクロカテーテルを用いて,患者のQOL(quality of life)を高めて,低侵襲な診断や治療が期待できる.
加工プロセスには,UV領域でパルス発振のエキシマレーザーが使用される.図37・19に概念図を示す.まず,カテーテル外壁に電気配線を形成する.チューブ表面に導線部のパターンに沿ってレーザーアブレーションで溝を形成する.次に真空中でのイオンビームアシスト蒸着で銅薄膜を堆積して,その後,全体を機械加工して膜をはく離すると,講の部分にだけ薄膜状の銅が残る.さらに銅を電気めっきして厚みを増して,強度と電気伝導性を向上する.図37・20に示すように,センサ部の取付けには,同じくエキシマレーザーアブレーションでレセプタクルを形成し,マウントスペースとした.最も困難な部分は,センサ部の電極と講の薄膜の接続であるが,はんだ付けではなく,部材間に間隙を設け電気めっきにより確実に接続される.さらに,図37・21に示すように,溝加工と電気めっきの方法でポリウレタン素材のカテーテル表面に10本のスパイラル状の導線部を作り込んだり,図37・22に示すように先端部外周に四つのセンサを取り付けることも可能である.
レーザーアブレーションは,カテーテルの強度をコントロールして曲がりを良くするためにも用いられている.これは,カテーテルに使用されている高分子材料固有の特性により硬さが決まるのを避けるため,曲げ特性を変化させ,使用時に適切な柔軟性を持たせるという目的を達成するものである.具体的には,チューブの外側部分をレーザーアブレーションにより講加工して曲げやすくする.加工装置を図37・23に示す.連続したチューブを巻き取りながら回転させることで,円周状あるいはスパイラル状に加工できる.曲げ特性は,講の間隔を変えることで制御が可能である.また,図37・24に示すように,加工部周辺に熱による変形が生じないので,クリーンな加工ができる.望みの部分に局所的な柔らかさを付与することもできる.これは,レーザートリミングと同じように,微細なパターニング加工をおこなうことによって,材料の持つ固有の特性を積極的に制御していく試みと考えられる.
レーザーアブレーションによる薄膜形成(pulsed laser deposition:PLD)が生体材料に応用されている97).金属や高分子,セラミックスなどが生体用材料として用いられているが,生体親和性に富む生体活性セラミックスは成形性・加工性に乏しい.そこで,強度や加工性に優れた材料の上にPLD法によりコーテイングを施すことで,両者の特徴を兼ね備えた複合材料が期待される.生体インプラントへの応用として,チタン人工歯根およびPTFAチューブへのハイドロキシアパタイト(HAp)のコーテイングが可能となり,均一に結品化したHAp薄膜が作製できると報告されている.レーザーアブレーションによる加工方法が広〈受け入れられるためには,通常の化学反応を用いる方法などと競合するので,特徴をうまく引き出した実用化の検討が必要となる.
レーザーアブレーションの精密微細加工の具体例として,人工視覚システムへの応用について述べる98).失明治療のため,体内に埋め込んだ人工視覚デバイスにより人体の神経細胞を電気的に刺激して視覚を再生する試みである.
人工視覚システムは,デバイスを埋め込む場所により,網膜刺激型(図37・25),視神経刺激型,脳刺激型に分類される.網膜刺激と視神経移植を組み合わせた方式も提案されている99).埋込み型人工視覚デバイスには,外部撮像素子からの信号を網膜上の刺激デバイスに送り網膜刺激をおこなうものと,光電変換による刺激デバイスを網膜下に置いて視細胞を代用するものとがある100).前者は,眼外装置と眼内装置の二つから構成され,眼外装置では撮像・信号処理をしてデータと電力を供給する.眼内装置はデータを刺激信号に変えて電極から電気刺激をおこなう(図37・26).
眼内装置は,体内に埋め込まれるため,生体適合性と医用機能性の両立が要求される.この条件を満足する材料として,高分子材料のポリイミドを対象にアブレーシヨン加工を施した.ポリイミドはインクジェットプリンタのノズル穴加工などレーザーアブレーション加工の実績があり,図37・27に示すように,容易に精密加工が実現できる.高分子材料特有のデブリーとか加工面性状などは,すでに解決済みの課題である.このため,照射フルエンスや照射回数をあらかじめ実験的に求めて,CADデータを加工装置に入力するだけで,所定の加工形状が得られる.加工結果の一例を図37・28に示す.
レーザーアブレーションの超微細バターニング加工の特徴を生かして,1細胞培養用基板表面のナノメートルオーダーの加工が実現されている101)102).これは,市販のポリスチレン製培養皿の上に電子線照射により数nmの厚さで高分子層を固定化し,次にArFエキシマレーザーを用いて約100 nmの深さでレーザーアブレーションすることで,基板のポリスチレン層を再露出させる.基板の高分子とその上に製膜する高分子に異種のものを用いると,化学的性質の異なるマイクロパターンが形成できる.このマイクロパターン化された表面に細胞を播種すると,マイクロパターンに応じた細胞接着が観察された.細胞は化学的性質の差異を認識して,特異的な接着構造を示した.化学的性質の差異がない場合では選択的な吸着は生じない.光加工技術はウェットエッチングなどにくらべ,はるかに低侵襲性であり,バイオとの親和性は非常に良いと評価されている.
37・5・2 バイオ・医療分野におけるレーザー光源
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