37・3・1 機能性薄膜の作製

(1) 成緩原理と特徴

ターゲットと呼ばれる固体材料に高パワー密度を持つ紫外から可視域のパルスレーザーを照射し,ターゲット成分をアブレーション蒸発させて薄膜を形成する方法は,物理的気相堆積(physical vapor deposition:PVD)法の一つであり,レーザーアブレーション(laser ablation)法またはパルスレーザー堆積(pulsedlaser deposition:PLD)法と呼ばれている5).ナノ秒オーダーのパルス幅を持つレーザーの照射で瞬間的に蒸発・気化した原子,分子,イオン,クラスタなどの薄膜成分はターゲット表層部から超音速で飛行して基板上に堆積する.アブレーション時には「プルーム」と呼ばれる柱状のプラズマ発光がターゲット上で観測されることが多い.アブレーション過程には光化学反応や熱励起過程が複雑に関与していることが示唆され,レーザー光の波長やパワー密度により蒸発過程が異なってくる6)

PLD法による薄膜合成は,1965年にスミスらにより初めて報告され,ルビーレーザー(波長690 nm)を用いて半導体,酸化物,有機物などの薄膜が作製された7).その後,チェンらは半導体超格子の構築にPLD法を適用し,半導体薄膜合成では一般的手法である分子線エピタキシー(molecular beam epitaxy:MBE)法よりも高い精度で組成制御できることを示した8).その後,PLD法が大きな注目を集め,飛躍的な発展を遂げたのは,1986年にベドノルツらにより発見された高温超伝導酸化物9)の良質な薄膜合成プロセスとして広く応用されたことによる10)11)

PLD法の特徴を下記にあげる.

〈長所〉

・組成制御性:ターゲットの組成が薄膜にそのまま転写されて組成ずれが少なく,複合酸化物のような多成分系の薄膜合成に適している.

・清浄プロセス:装置外部からレーザー光を導入するので,るつぼ材料などによる汚染がない.

・ガス圧制御性:成膜時に酸素などの雰囲気圧力を広範囲に変えることができる.

・高融点材料の薄膜化:アブレーション時に非常に大きなパワー密度(~108 W/cm2)が得られるので,レーザー光を吸収する物質ならば,高融点材料でも容易に薄膜化できる.

・低温成膜:ターゲットから飛び出す蒸発成分は非常にエネルギーが高いので,低温でも結晶性の良い薄膜が得やすい.

・高速成膜:成膜速度はパルスレーザーの発振周波数によりデジタル的に制御できるので,高速成膜が可能である.

〈短所〉

・大面積上への成膜が比較的困難である.

・成膜条件によっては表面平滑性が得にくい.

以上のような特徴を有するPLD法は,実用的な量産プロセスというよりも,種々の機能性薄膜を合成して特性を調べる基礎研究あるいは開発型研究に適したものといえる.

(2) 基本装置構成

PLD法による薄膜作製装置の概略を図37・4に示す.基本構成としては,i)レーザー光源および光路導入系,ii)レーザー導入窓付きの真空装置,iii)真空装置内のターゲットおよびその対向位置にある基板,iv)方ス導入系,などである.

装置構成の主な仕様は次のようになる.

・レーザー光源として主に用いられるのは,パルス状に発振する紫外域(200~300 nm付近)のエキシマレーザーである.最近では,小型・大出力の固体レーザーであるYAGレーザーの高調波なども用いられるようになってきた.

・アブレーション時,ターゲットを回転(約10~20 rpm)させたり,複数のターゲットを設置することが多い.

・ターゲット-基板間距離は5~15 cm程度が多い.

・ターゲッ卜面へのレーザー光入射角度は30~50°付近が多い.

上記の基本構成に加えて,膜成長機構などを調べるために,質量分析装置(QMS),発光分光装置(OES),電子線回折装置(RHEED)などが取り付けられることがある.また,酸素などの雰囲気ガスを励起するための高周波プラズマ発生装置などが取り付けられることもある.

図37・4

(3) 成膜プロセスの高度化

PLD法により作製した膜表面には,ターゲットから放出されてきたと考えられるサブミクロンサイズの微粒子が形成されることが多い.これは薄膜のデバイス応用にとっては大きな問題となる.微粒子の低減には,焼結体ターゲットを高密度化するか単結晶ターゲットを使用したりすると効果的である12).さらに,ターゲットを回転したり,レーザー光を走査することにより,同一筒所を連続的にアブレーションしないようにするなどの工夫も有効的であることが報告されている13).また,基板とターゲットの聞に高速回転する羽根車やスリットを入れ,微粒子の原因と見られるプルーム中の低速粒子群を選択的に除去するなどの方法も試みられている14)15)

薄膜デバイス作製の観点から大面積化に対する要求は強い.PLD法ではターゲットからの原料種の蒸発における指向性が強いため,均ーな薄膜分布を持った面積が,ほかの方法にくらべると小さいという欠点がある16).大面積にわたって均一な膜厚を得るために,成膜中にレーザー光をターゲット上で走査したり,基板回転したりすることが試みられ,3インチ径の高温超伝導酸化物薄膜も得られている17)18)

一方,複数のターゲットを使う多元スパッタリング法におけるマスクシステムを活用して,「コンビナトリアルテクノロジー」と呼ばれる新物質探索用の成膜手法がシャンらにより開発された19).このあと,スパッタリングと同じように複数のターゲットを有するPLD法でも,基板手前にマスクを用いた同様の手法が適用されて,新物質の採索研究がおこなわれている.基本的な概念は新薬などの開発に威力を発揮している溶液反応主体のコンビナトリアルケミストリーをベースにしている20).コンビナトリアルマスクと呼ばれるいろいろなパターンの穴をあけた複数のマスクを基板手前にセットし,ターゲットとマスクを順次取り替えながら成膜していくことにより,一つの基板上に数百もの多様な組成を持つ膜片の集合(コンビナトリアルライブラリー)を合成することができる.最近では,マスクとターゲットの自動交換や電子線回折測定による成長21),連続的な組成変調ができる「PLD composition spread」法22)なども開発されている.これらの手法を使って,金属やセラミックスにおける強磁性体,高温超伝導体,強誘電体,発光材料,などの探索が試みられている23)24)

一方,PLD法による酸化物セラミックスの薄膜合成は,酸化促進の観点から数Torr以上の酸素分圧中でおこなうことが多いが,より高真空条件下でPLD法により,反射高速電子線回折(RHEED)を観察しながら原子レベルの成長制御ができるプロセスが開発された25).これはレーザー分子線エピタキシー(レーザーMBE)法と呼ばれており,最近では酸化物薄膜のナノ構造制御手段として広く利用されるようになってきた.

図37・5にレーザーMBE装置の概略を示す.成膜中,RHEEDパターンをCCDカメラでその場観察することにより,ナノオーダーの膜厚制御が成膜中に可能となる26).また,成膜装置内にイオン散乱分光装置(ISS)や光電子分光装置(XPS)などを設置して,薄膜最表面構造の原子レベルその場評価もおこなわれている27)28)

図37・5

レーザーMBE法では高真空中での酸化を促進するために,酸素ガスの代わりにNO2ガスやオゾンなどが導入されることもある29).この手法を使い,量子機能発現をねらった酸化物超格子の作製や量子細線構造などの作製も行われている30)31)

(4) 種々の機能性薄膜の作製

PLD法で作製された薄膜材料は酸化物が主であるが,窒化物,炭素系材料,有機物などの機能性薄膜も合成されている.以下では,酸化物材料を中心に機能別に代表的な薄膜の作製例について述べる.

(a) 高温超伝導薄膜 高温超伝導酸化物は1986年にベドノルツらによりLa-Cu-O系ペロブスカイト型銅酸化物において発見された9).発見当初より,エレクトロニクス応用を目的とした超伝導薄膜研究はPLD法を中心に精力的に進められてきた32).高品質の超伝導薄膜はPLD法により初めて実現し11),その後のデバイス開発研究によりSQUID(超高感度磁気センサ)など一部実用化されている.銅酸化物超伝導体は典型的な多元系複合酸化物であり,薄膜化においては酸素欠損量と組成制御が重要な鍵を握る.超伝導転移温度Tcが90 K級であるYBa2Cu3O7-xは基礎・応用の両面から最も広く研究されたものであり,現在ではSrTiO3単結晶基板上に形成されたアズグロウン(堆積直後のもの)膜において,Tcが90K以上,臨界電流密度Jc(77K)が106A/cm2を超える膜作製が可能である.Y系超伝導薄膜の一般的な成膜条件は次のようになっている.

・レーザー光源:エキシマレーザー(KrFまたはArF)

・レーザーエネルギー密度(ターゲット上):~1 J/cm2

・ターゲットYBa2Cu3O7-x焼結体

・ターゲット基板間距離:~3 cm

・基板温度:~730°C

・酸素ガス圧(成膜中):~0.2 Torr

・酸素アニール(成膜後):700 Torr,400°C,30分

基板としては,超伝導薄膜と格子定数や熱膨張係数が近く,化学的に安定なSrTiO3,MgO,LaAIO3などの酸化物単結晶基板がよく用いられる.

(b) 誘電性薄膜PLD法を用いて,DRAM用の容量絶縁膜として(Ba,Sr)TiO333)などの高誘電率材料が,また不揮発性メモリ用の強誘電体材料としてPb(Zr,Ti)O334),Bi4Ti3O1235),Bi2CaNb2O936)などの薄膜合成が研究されている.PLD法は実用的な大面積成膜という点でスパッタ法やCVD法にくらべて不利ではあるが,良質の単結晶薄膜が得やすいので,高誘電率材料の物質探索や基礎物性評価などに利用されている24)

また,酸化物エレクトロニクスの展開で重要な鍵を握るシリコンテクノロジーとの融合をめざし,Si基板上への誘電性酸化物薄膜のエピタキシャル成長が盛んに研究されている37).これまでに,PLD法の一種であるレーザーMBE法を用いて,室温でSi上にCeO2薄膜のエピタキシャル成長が達成されている38).またMgターゲットのPLDにより500°CでSiO2界面層のないMgOヘテロエピタキシーが実現している39).このほか,Al2O3単結品であるサファイア基板上にグラファイトをターゲットにしたPLD法を用いて,ダイヤモンド薄膜の成長も報告されている40)

(c) 磁性薄膜 Mn系ペロブスカイト酸化物において強磁性転移温度付近での巨大磁気抵抗効果が観測されて以来41),磁気抵抗デバイスなどへの応用をめざしてLa(Sr)MnO3系を中心にして,PLD法などにより薄膜合成が行われている42)

超伝導酸化物と同様に磁気特性は酸素欠損量に対して非常に敏感であり,基板温度や酸素アニール処理により磁気抵抗比やキュリー温度は大きく変わる.また,絶縁朕の上下を磁気抵抗膜ではさんだ強磁性トンネル接合の作製が試みられ,数十Oeという低い磁場で大きな磁気抵抗比が得られている43)

(d) 透明導電性薄膜 ZnO,ITO(SnドープIn2O3)といった透明導電膜は太陽電池や液晶表示素子の透明電極として実用化されている.これらは本来,電子をキャリヤとするn形透明半導体であるが,近年,PLD法を用いてデラフォサイト構造を持つCuAIO2系のp形透明導電膜が開発された44).n形ZnOとの接合による透明pn接合の作製も試みられている45).またZnOにおいて, PLD法でサファイア基板上に高品質エピタキシャル薄膜を合成することにより,従来は低温で観測されていた紫外域での光励起レーザー発振現象46)が,室温でも見出されるようになった47)

ウルツ鉱型構造を有するZnOは,青色半導体レーザー材料であるGaNとほぼ、同じバンドギャップ(約3eV)を有しており,新たなワイドギャップ半導体の候補として関心が高まっている.

(e) 光機能性薄膜 光通信や光エレクトロニクスに不可欠な機能性光学結晶としては,石英(SiO2),サファイア(AI2O3),ルチル(TiO2),LiNbO3,LiTaO3,YIG(Y3Fe5O12),YAG(Y3A15O12),GGG(Gd3Ga5O12)などの酸化物単結晶が知られている.これらの酸化物をPLD法により薄膜化して,薄膜光導波路48),レーザー発振49),高調波発生50)などの光テバイスが開発されている.バルク単結晶にくらべて,PLD薄膜では粒界や結晶欠陥による光散乱が大きく,実用化のためには解決すべき事課題は多い.

また,GaNのような青色発光ダイオード材料に代表される光機能性窒化物薄膜のPLD成膜研究も,新たなハイブリッド素子開発の観点からおこなわれている51)52).室化物焼結体ターゲットを用い,窒素ガス雰囲気内でアブレーションして,スパッタリング法よりも高品質の結晶膜が比較的低温で得られている53)

(f) 機能性有機薄膜 最近,有機EL発光素子が実用化され注目を集めているが,有機物は官能基や立体配列などを変えて分子構造をいろいろと設計しやすく,これまでに電気特性や光学特性に優れた機能性有機材料が数多く開発されてきた.有機物の薄膜は溶液をベースにした液相プロセスから主に合成されているが,気相合成プロセスとしては,真空蒸着,プラズマ重合,スパッタリング,イオンプレーテイングなどが主に適用されており,PLD法による成膜研究は始まったばかりである.有機薄膜合成におけるPLD法の利点としては,無機材料などの異種材料との積層・ハイブリッド化が容易,外部励起(電界,光など)による結晶配向の制御,基板との接着性向上,短パルス分子ビームを利用した膜厚のデジタル的な原子レベル制御,などが考えられる54)

テフロンのような高分子有機材料をターゲットにして,紫外レーザーを使ったアブレーションをおこなうと,高分子鎖が解離してモノマー状で蒸発し,基板上で再重合して膜が形成される55).一方,有機太陽電池の候補材料として注目され,青色顔料としても用いられているp形有機半導体の銅フタロシアニン(CuPc)は,複雑なべンゼン環構造を有する有機分子である.それをターゲットにしたPLD成膜では,レーザーエネルギーがアブレーションしきい値よりも大きいときには,有機分子が分解して膜自体はもとの分子構造を保持していないが,しきい値近くの小さなエネルギーのときは分子構造を維持したまま薄膜化が可能となる56).今後はPLD法の特徴を生かした有機・無機ハイブリッド薄膜の合成など,従来にない機能性有機薄の創製が期待される.

37・3・2 ナノ微粒子,ナノチューブなどのナノ構造の創製

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