36・5・1 共鳴多光子イオン化,非共鳴多光子イオン化

分子が多光子吸収し,イオン化される現象を多光子イオン化(multiphoton ionization:MPI)と呼ぶ.レーザー波長を特定のエネルギー準位(励起状態)に同調(共鳴)させ励起状態を1光子または多光子でいったん生成する.その状態からレーザーでイオン化させる方法を共鳴多光子イオン化(resonance multiphoton ionization:REMPI)という.REMPIは微量分析,分子構造研究,反応追跡に広く利用され,定着している.1990年代半ばには高強度フェムト秒レーザー非共鳴多光子イオン化の現象が見出され,研究とその応用は発展段階にある.

(1) MPI法

MPIは1975年Johnsonらによって始められた156).気相のベンゼンをナノ秒色素レーザー(365~410 nm)で照射,非共鳴2光子で励起状態を生成,3光子目でイオン化するスペクトルを観測した.この場合はイオン電流が測定されたが,一般にはイオンは質量分析計,たとえば,飛行時間型質量分析計(time of flight mass spectrometer:TOF)による測定が有効である.1光子禁制,2光子共鳴するベンゼンの励起状態として1E1g状態(6.334 eV)が発見された.ちなみに,ベンゼンの基底状態から禁制の励起状態11E2g(7.8 eV)および21E2g(9.4 eV)はナノ秒レーザーホトリシス法で同定された157)

Neusserは1光子目をベンゼンの最低励起状態(1E2u)に共鳴させ,2光子目で内部エネルギーが回転エネルギーも区別できる精度でベンゼンイオンを発生させた.ここにさらに3番目のレーザー光を導入し,ベンゼンイオンが106s-1のオーダーで分解する速度を測定した.これらの分解速度(内部エネルギーが定まっておりspecific rate constantである)は統計的速度論(Rice-Ram-sperger-Kassel-Marcus(RRKM)理論)とよい一致を示した158)

図36・20

ナノ・ピコ秒レーザーを用いたMPIの実験ではイオン化とともに著しいフラグメンテーションがしばしば観測される159).たとえば,ベンゼンでは35 ps,532 nm,4×1013 Wcm-2照射において観測されたイオン種の多くはCxHy+(x=1~4)のフラグメントであった160).また,

C60を数ナノ秒のパルス,213,266,355,532 nmでイオン化した場合C60+とともに,C60-2n+(n=1~14)が観測されている161).これらの機械は複雑で多様であると思われるが,最も広く受け容れられている機構は以下に示すラダースイッチングモデル(ladder switchingmodel)である.

図36・21

2通りのモデルがある.i)まずイオンが生成し,それが光励起されて分解する,分解し生成したフラグメントもさらに光を吸収し,小さいフラグメントに分解する.ベンゼンの場合,最も大きく見えるものは炭素イオンであったりする.多くの有機分子はこのモデルで説明できる.もう一つはii)イオン化する前に解脱ポテンシャルを経る場合である.親分子が中性のラジカルに分解しそれが光励起され,フラグメントイオンを発生する.有機金属化合物はこのモデルで説明できる.i),ii)の機構の中に自動イオン化,それに続く分解過程が含まれていることも考えられる.

(2) 高強度フェムト秒レーザー励起

(a) 非共鳴の多光子イオン化または,レーザーの電場によるイオン化 DewittとLevisは780 nm,170 fs,レーザー強度3.8×1013 Wcm-2でベンゼンなどを照射した結果,分子イオン生成が主であることを見出した(1995年)162).また,C60を70 fs,1800 nm,1015 Wcm-2で照射した場合には1価のみならずC6012+までの多価のイオンがほとんどフラグメント化なしで観測された.このように(1)で示したナノ・ピコ秒パルス励起の場合にくらべ,フェムト秒パルス励起ではフラグメント化の程度が小さいことが特徴である.最近までに数十の有機分子,錯体で高強度フェムト秒レーザー場でのイオン化が調べられている.

イオン化の機構としては,レーザー光強度1012~1014 Wcm-2では,(a)非共鳴多光子イオン化(NREMPI),強度をあげると(b)フィールドイオン化(field ionization,レーザーの光電場によるトンネルイオン化,バリヤサプレッションイオン化(BSI))の領域になり,レーザー光強度>>1015 Wcm-2では多価イオンが生成し,クーロン爆発に至る.これらのようすを図36・22に示した.

図36・22

非共鳴多光子イオン化の領域でも電子の運動エネルギーはかなりの大きさになる.ポンデロモーティブポテンシャル(Up)と呼ばれ次式で示される.

式36・3

ここで,E0はレーザー光強度I0(W/cm2)における電場で,λはレーザー波長(μm)である.イオン化には次式で示されるようにn個以上の光子が必要になる.

式36・4

ここで,Ipはイオン化ポテンシャルである.Upが加わる理由は,基底状態ではレーザーの電場の影響は大きくないが,イオン化に近い電子を自由電子とみなせば,その電子はUpを持つと考えられるからである.実際,2.5×1013 Wcm-2の照射強度の領域で実際このような結果が得られている164).さらに照射強度が高くなれば,トンネルイオン化を経て,バリヤサプレッションイオン化(BSI)に至る.

図36・22では原子のクーロンポテンシャルをもとにして描いているので,分子の場合は電子の広がりを当然考慮しなければならない.詳しい議論が進行中であるが163)164),一応の目安とすることができる.波長が長く(赤外)静電場で近似できる場合,クーロン障壁がイオン化ポテンシャルIp(eV) と同じになるまで下げられるレーザー光強度Iappは次式で示される165)

式36・5

ここで,Zはイオンの価数である.C6012+まで多価のイオン観測された例では,C60を導体と考えた場合に式を修正し,結果を説明できている163)

(b) フラグメン卜化の機構 800 nmの高強度フェムト秒レーザーで分子を励起するとフラグメント化(fragmentation)する分子も多く報告された.現象的には「レーザー波長が親イオンの電子エネルギー遷移に共鳴すると,フラグメント化し,しないと分子イオンを生成する」ことが明確になってきた166)~168)

一例としてシクロヘキサジエンの場合を図36・23に示す.図(a)の1,3シクロヘキサジエン(1,3-CHD)ではl価の分子イオン(molecular ion,P+と示す)が主で,ほかに2価の分子イオン,炭素イオン,水素イオンが見られる.この分子1,3-CHDはレーザー波長(800 nm)とそのイオンの吸収は共鳴していない.一方,図(b)の1,4-シクロヘキサジエン(1,4-CHD)では分子イオンの強度は小さく,CnHm+,水素,炭素イオンのフラグメントイオンが多く観測された.1,4-CHDではそのカチオンの吸収とレーザー波長(800 nm)が共鳴する.

図36・23

以上は,非共鳴となる励起波長を選べば,分子イオンを効率良〈生成できることを示している.1,3-CHDと1,4-CHD は質量が同じで異性休の関係にある.異性体でもイオンの吸収が異なれば,区別して測定できることも示している.

フェムト秒パルス励起で多光子イオン化させる場合の機構を図36・24に示す.図(a)は分子分子および分子分子イオンの吸収と励起レーザーとが共鳴しない場合である.分子イオンを生じ,多価の分子イオン,高いレーザー強度のもとでは分子のクーロン爆発に至る.これに対し図(b)では分子イオンの吸収とレーザーが共鳴し,イオンは分解する.1013-14Wcm-2,100fsのレーザーパルスのもとでは吸収,誘導放出,誘導ラマン過程が起きる.この過程でもエネルギーは分子内に蓄積される.図に示したic(無放射過程)はもともとイオンでは速い場合が多いが,光電場によりゆがめられたポテンシャルカーブのもとでさらに促進されると予想される.icにより生じたイオンの振動励起状態は分子内で緩和(分子内振動エネルギー再分配(IVR))を伴うと予想される.いずれの過程にせよ分子イオン内でエネルギーが蓄積されると,ついには統計的に予想される速度定数(図に示したkf=W/hρ)で解離することになる.ここで,Wは解離チャンネルの数,hはプランク定数,ρは状態密度である.途中で解離ポテンシャルに遭遇すれば,当然解離に至る.

図36・24

36・5・2 イオン化による微量分析

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