自動車産業では,材料加工の熱源としてレーザーを利用しようとする試みは,レーザー発振器が開発されてから比較的早い時期に始まっている.1969年には米国のセネラルモーターズ(GeneralMotors)社で,炭酸ガスレーザーが自動車用電子部品の抵抗のトリミング加工やセラミックス基板のスクライビング加工に応用されている.これはレーザーが初めて発振されてから数えて,わずか9年後の出来事である.1970年代の半ばに米国で二つの大きな開発がおこなわれた.フォード(Ford)社による車体鋼板のレーザー溶接26)とゼネラルモーターズ社によるパワーステアリングハウジングのレーザー焼入れ27)である.フォード社の試みは生産に採用されるまでには至らなかったが,ゼネラルモーターズ社の開発は成功し,生産技術として確立された.この二つの事例は自動車産業が早い時期からレーザーに注目し,車の製造のツールとしてレーザーを応用する技術に関心を払ってきたことを示している.その後,1980年代に入るとレーザー発振器の性能も進歩していき,主に切断と溶接の分野でレーザー加工の実用例が増えていった.レーザー切断は試作段階や少量生産時の車体パネル部品の切断や穴あけ加工で,またレーザー溶接はオルタネータステータコアやディストリビュータなどの小型電装部品やトランスミッションギヤなどの機械加工品の溶接でその有効性が認められ,自動車産業の中に徐々にではあるが受け入れられていった.1990年代に入ると,レーザー加工現象の理解やレーザー加工機の性能が飛躍的に向上し,それに伴い,レーザー加工のさまざまな応用技術が開発されていった.1990年代後半に開発された高出力のNd:YAGレーザーや最近開発が進んできた半導体レーザーは光ファイバによるビーム伝送が可能であり,また,発振器自体も小型であることから,フレキシビリティの高い生産システムを構成しやすい.そのため今後,レーザー加工の用途開発が進むにつれ,自動車産業での使用台数が大きく増えていくものと期待されている.
表35・4は,これまでに自動車産業で実用化された代表的なレーザー加工の例を加工法別にまとめたものである.また図35・15は,自動車産業でのレーザー加工機の用途を分類した図である28).現在,自動車産業で用いられている主な加工用のレーザーは炭酸ガスレーザーとNd:YAGレーザーで,その出力は数百Wから5,6 kW程度が多い.レーザー加工の実用化が進みはじめた初期の段階では,パネル部材などの切断や穴あけ加工の占める割合が高かった.しかし,高出力のレーザーの出現とビーム品質の改良によって,レーザー溶接の溶接部品質やコストが電子ビーム溶接に匹敵するようになり,従来は電子ビームで溶接されていたエンジン部品やトランスミッション部品などの機械加工品の溶接にレーザー溶接が適用されるようになっていった.また,電子ビーム溶接と競合しない技術として,車体パネル部品へのレーザー溶接が注目されるようになっていった.大型のアンダーフロアパネル用ブランク材の突合せ溶接にレーザー溶接が適用された29)のをきっかけに,テーラードブランク材のレーザー溶接技術が発達していき,レーザー溶接の割合が増えていった.さらに,3 kWクラスの出力を持つNd:YAGレーザーの出現により,これまではなかなかむずかしいであろうと思われてきたレーザー溶接による車体組立が現実のものとなり,車体ルーフ部の溶接などに用いられるようになってきた.車体は3次元のプレス部品から成り立っているため,その組立には部品をスポットガンではさみながら溶接する抵抗スポット溶接の技術が古くから確立されている.車体組立にレーザーを適用する試みは,まずCO2レーザーから始まり,一部の欧米のカーメーカーがルーフ部のレーザー溶接を実用化した.しかし,大型プレス部品からなる車体の組立に,焦点深度が浅くスポット径の小さなビームのレーザー溶接を適用するためには,複雑なビーム伝送技術やワークを固定するための大掛かりな装置が必要であった.光ファイバによるビーム伝送の可能なNd:YAGレーザーが高出力化されたことで,このビーム伝送の技術が格段にらくになり,コンパクトなビーム光学系を搭載した多関節ロボットによる車体の3次元溶接が可能となった.今後とも,ファイバ伝送が可能な固体レーザーによる車体組立が進むと考えられる.
レーザー加工が自動車製造へ浸透してきた背景には,レーザー加工機の高性能化や低価格化が進んだことが一因であるが,自動車産業を取り巻く環境が大きく変化していることも要因としてあげられる.現在,世界中で毎年5千万台の規模で生産され,地球上で7億台が走っているといわれる車は,人びとの生活と地球規模の環境に密接なかかわり合いを持っている.地球温暖化やリサイクルなどの環境問題,人びとの車に対する安全性の意識の向上,ますます進む情報化社会と高齢化社会など,自動車産業を取り巻く環境は大きく変化している.これらの環境変化や社会問題から車両に求められる課題を解決するうえで,従来の生産技術だけでは達成するのがむずかしく,レーザー加工のような新しい加工技術や新しい材料技術を導入することが必要になってきている.
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