光学薄膜は結晶やガラス表面において,透過率や反射率のほか,偏光や位相,分散などを制御するものであり,レーザーや光学システムの性能を決定する重要な要素である.光学薄膜の材料としては,金属,半導体,誘電体の全てを含むが,一般に金属や半導体は光吸収が大きく,レーザー光を吸収して損傷や熱歪を生じやすいため,応用範囲は低出力または赤外域の光学用途に限定される.本節では,吸収が小さく損傷閾値の高い誘電体を材料とする誘電体多層膜を中心に解説する.

24・1・1 光学薄膜の設計

レーザー用光学薄膜の設計では,まず,レーザーの波長や出力により膜物質が選定され,次いで所望の光学特性が得られるように層数や各膜厚が決定されるが,膜厚制御技術の向上に伴い,自動設計を駆使した複雑な設計が多用されるようになってきた.そのほか,実際の設計では多層膜にした時の膜物質間の反応や,内部応力,基板との付着力等が考慮される.

[1] 光学薄膜の理論

図24・1に示すように境界面qに対して光線は媒質q+1から媒質qに入射角θq+1で入射するものとする.媒質の複素屈折率をNq=nq-ikqとおけば,境界面における振幅反射率と振幅透過率は以下のフレネル係数で与えられる.

式1i

ここで,Yは光線の偏光状態がP偏光かS偏光かによって以下のように定義される.

式1ii

図24・1

次に,図24・2のような単層膜を仮定すると,単層膜からの振幅反射率r,振幅透過率tはフレネル係数を用いて以下のように与えられる.

式1iii

ここで,r,tを新たな基板表面のフレネル係数と見なせば,更に膜を1層重ねた場合は,単層膜と同様に計算することが可能である.そして,膜の層数分だけ同様の計算を繰り返し,最終的に得られた振幅反射率と振幅透過率から次式によってエネルギー反射率Rとエネルギー透過率Tが求められる.

式1iv

光学薄膜の計算では,上記のほかに特性行列による計算法がしばしば用いられるが,これらの取扱いについては他書を参考にされたい1)2)

図24・2

[2] 膜物質

誘電体多層膜の場合,使用する波長で透明であることが前提であるが,実際に作製される膜の吸収は,製膜時の化学組成の変化や構造欠陥のために,物質本来の値よりも遥かに大きく,成膜プロセスに強く依存している.そのため,薄膜の設計においては実際の成膜プロセスで得られる膜の屈折率や消衰係数を実験的に求めておく必要がある.膜物質としては,光学定数の点から見れば,きわめて多くの物質が考えられるが,実用上の耐久性や安全衛生上の理由などによって,実際に使用される物質は,かなり限定されている.

特に使用頻度の高い物質を表24・1に示す.紫外の基礎吸収端等は文献値のばらつきが大きく,実用的でないので伊沢らが実際に設計に用いているデータを中心に記載した.

表24・1

[3] 全反射鏡の設計

レーザー用光学薄膜の設計例として全反射鏡の設計について解説する.誘電体多層膜鏡は,高屈折率と低屈折率の2種類の誘電体膜を交互に積層し,各境界面からの反射光が干渉で強め合うように膜厚を設定し,透過率がほぼ0になるまで層数を積み重ねたものである.全反射鏡は100%反射することが理想であるが,実際には透過,吸収,散乱といった損失が存在する.

各層の光学的膜厚を反射波長の4分の1(quarter-wave)とした標準的な設計(QWスタック)においては,全反射鏡の吸収Aは凡そ下式によって与えられる2)

式2i

したがって,全反射鏡の吸収を低減するには,膜物質の消衰係数が小さいとともに,屈折率差の大きな物質を選定することが重要である.

散乱は,膜界面の粗さによるものと成膜中に発生した膜中の欠陥によるものとがあり,通常はどちらも膜層数と共に増加する傾向にある.したがって,透過を減らすために層数を増やしていくと,ある層数以上では透過が低減されるよりも散乱の増加が大きくなり,反射率はむしろ低下してしまう.界面粗さのrms値をσとすると,界面における振幅反射率r’と振幅透過率t’は,フレネル・キルヒホッフの回折積分からそれぞれ次式よって与えられる3)

式2ii

ここで,r,tはフレネル係数であり,n,n’は界面に対する入出射媒質の屈折率である.散乱は(σ/λ)2におよそ比例することから,紫外域では界面粗さを低減することが特に重要である.

設計段階におけるレーザーミラーの評価手段としては,電界強度の計算が有効である.電界強度はレーザーが多層膜に入射したときの多層膜内部の光電界を示すが,この電界のピーク値が大きい場合,絶縁破壊に由来する損傷要因となり,電界の2乗の膜厚対する積分値は,光吸収に比例する.また,界面における電界強度から前述した散乱を見積もることも可能である.例として,図24・3にNd:YAGレーザー(1064 nm)とルビーレーザー(694.3 nm)に対する2波長ミラーの電界強度曲線を示す.各波長に対応するQWスタックを重ねた設計においては,1064 nmの光電界が694.3 nmのスタック中で定在波を形成しており,Nd:YAGレーザーに対しては,散乱や吸収が大きく,耐光性が低いものとなることが予想される.一方,QWスタックとは異なる設計(non-QWスタック)では,2波長が同時に減衰しており,バランスのとれた設計であることがわかる.

図24・3

24・1・2 光学薄膜の製作

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