高強度レーザーを得るための超短パルス増幅技術であるCPA(チャープパルス増幅,chirped pulse amplification)は,初めてこの方法が実証された1980 年代後半から今日に至るまで急速に発展を遂げてきた.固体レーザーでの超短パルス増幅にはCPAの手法が不可欠であり高強度レーザーの応用技術もCPAなしには今日ほどの隆盛を見る事は無かったであろう.

21・1・1 超短パルスの増幅の問題点 -その歴史-

高強度のレーザーパルス光を得るために,モード同期発振器から出力されるエネルギーの小さい超短パルスを増幅して行く手法が一般的に用いられる.このためのレーザー媒質には次の三つの条件が必要とされる1)

・ 超短パルスを得るために十分な利得帯域幅(スペクトル幅)を持つこと.

・ 高率よく増幅するために,増幅後のフルーエンスがレーザー媒質の飽和フルーエンス程度にまで達すること.

・ 強度の増加による非線形効果が十分小さいこと.

利得帯域幅については,CPAの確立する以前からモード同期発振器にも用いられる色素レーザーや,大口径のレーザー増幅器の製作が可能なエキシマレーザー等がその条件にあてはまる事が知られている.これらのレーザー媒質は飽和フルーエンスが~mJ/cm2程度と固体レーザーよりも2~3桁程度小さく,飽和フルーエンス近くまで増幅されても非線形効果が起こりにくいので,実際に増幅媒質として用いられていた.しかしながら,これらのレーザー媒質は上準位寿命がナノ秒程度と短く蓄積エネルギーが少ないため,自然放出光の増幅(amplified spontaneousemission:ASE)を抑制しながら安定して高いエネルギーを得るには励起光の短パルス化や増幅段間でのASE抑制等,非常に高度な利得の制御が必要であった.

一方,大口径で高エネルギー増幅が可能なガラスレーザーは,1番目の条件については十分な利得帯域幅(サブピコ秒が可能)を持っていながら,2番目と3番目の条件を満たす事ができないため,そのままでは超短パルス増幅に用いる事が出来なかった.この事情をもう少し詳しく見てみよう.

高強度のレーザー光が光学材料を通過する場合,その3次の非線形感受率に起因して,強度に比例した屈折率変化式1ページiに基づく位相変調(自己位相変調(selfphase modulation, SPM))を受ける.ここでIはレーザー強度,n2は非線形屈折率である.強度がレーザーの伝播方向zによって変化する場合,光学材料の長さをLとすれば,この位相変化B は

式21・1

と表す事ができる.なお媒質中での強度変化を無視すれば,この式はB=(2π/λ)n2IL という簡単な形になる.式(21.1)をB積分と呼び,経験的に式1ページiiであれば位相に対する非線形効果は無視出来ると考えられている1).飽和フルーエンスJsatまで増幅した場合,式1ページiiipはパルス幅)であるから,B積分に対する条件式は,

式21・2

というパルス幅に対する条件式に書き換えられる.

高強度レーザーに対する非線形屈折率の効果は,位相だけではなくレーザー光の空間プロファイルにも影響を与える.n2の値は通常の固体レーザー媒質においては正の値をとるので,強度の強い場所の屈折率が大きくなり,その場所にビームが集光される.集光によってさらにレーザー強度が増すため,さらに屈折率が増大→集光,という過程が繰返されるため,レーザーは伝播に従って集光度を増して行くことになる.この効果を自己収束(self-focusing) と呼び,集光強度がある一定の値を超えるとレーザー媒質の破壊が起こる.特に数mmを超える様な大口径のレーザービームの場合,その空間プロファイルには回折効果や励起強度・媒質の不均一性などさまざまな要因によって細かい強度揺らぎが乗っている場合が多く,この強度ゆらぎを種にした自己収束(small-scale self-focusing)が大きな問題となる.非線形伝播の不安定性の理論によれば2),初期の強度ゆらぎが初期値のe倍となる長さ(臨界長)zcは,λ/(2πn2I) となるので,zcが媒質長よりも長ければ,ほぼ自己収束は生じないと考えられる.これを式(21・2)と同様にパルス幅についての条件に書き直せば,

式21・3

となる.

具体的な数値でこれらの条件を考えると,石英ガラスのn23)2.1×10−16cm2/W,Nd:ガラスレーザーの飽和フルーエンスは5 J/cm2程度1),波長は約1 μmであるから,小型のレーザーロッド(例えばL~10 cmとして)でも式(21・2)に従えば100 ps,式(21・3)では600 ps以下のパルス幅では非線形効果が無視できなくなる事がわかる.

以上の様に,非線形効果の回避と飽和領域での増幅が両立しないので,フェムト秒パルスをそのまま固体媒質で増幅し,高出力化する事は事実上不可能なのである.

21・1・2 CPAの手法

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