19・3・1 概要と歴史

ここでは,レーザー周波数の長時間領域,あるいは中心周波数の安定化について述べる.短時間領域の安定化,すなわち発振線幅の狭窄化については,19・2節に詳しい.レーザー周波数の長時間領域の安定化では,原子・分子・およびそれらのイオン(以下この節では原子などと表現する)の共鳴周波数を周波数の基準に用いる.原子などは,それらのエネルギー準位の差に一致する周波数の電磁波と共鳴する.エネルギー準位は物理的に決まっていて経年変化しないものと考えられているので47),原子などの共鳴周波数は長期的に安定な周波数の基準となる.実際に,秒の定義,すなわち,周波数標準はセシウム原子2S1/2基底準位の超微細構造間遷移9.192 631 770 GHz を基準として定義されている48)

レーザーは,光領域の発振器として,長さ標準や周波数標準への応用がその発明当初から期待された.レーザーそのものも原子などのエネルギー準位間の遷移を利用しているが,その発振周波数には幅やシフトを伴う.レーザー発振とは別の原子などの共鳴周波数に,発振周波数をフィードバック制御で安定化することによって,周波数の安定度と不確かさを改善する.ドップラーシフトを取り除く,非線形分光法が開発されて不確かさは大幅に減少した.

メートルの定義が現在の光速度によるものに改定された1983年,数種類の周波数安定化レーザーがメートルの定義を現示するものとして国際度量衡委員会から勧告された49).これら推奨放射光とよばれる安定化レーザーのリストは,その後1992年50),1997年51),2001年52)に改定された.2003年にも改定が認められたが,詳細はまだ公開されていない.表19・4に2001年の推奨放射光リスト52)を示す.改定は新しい技術の登場などで不確かさが小さくなった後におこなわれている.

表19・4

周波数安定化レーザーが標準として機能するには,その周波数あるいは波長の値が決定されていなくてはならない.波長値が既知のレーザーとの波長比を干渉計によって測定することにより,レーザーの波長を決定することができる.簡易型のものは波長計として市販されていて,不確かさ10-6~10-7が得られる.回折などの問題があり波長計で得られる不確かさは10-11程度が限界である53)54).これ以上小さい不確かさでレーザーの周波数・波長を決定する必要がある場合は,周波数測定が必要となる.周波数測定では基準に用いるマイクロ波周波数標準の不確かさで測定が可能である.しかし,レーザーの周波数は可視光領域では数百THzと高く,周波数カウンタが動作するマイクロ波以下の電気的周波数との105もの差を,不確かさを拡大することなく結ばなくてはならない.

2000年以前までは,9 GHzの周波数標準から被測定レーザーまで周波数を順次逓倍して測定する逓倍型周波数チェーンと呼ばれる方式が使われてきた55)56).赤外領域に大型のレーザーを複数台使用するため大きな場所を必要とし,逓倍混合器に点接触ダイオードという寿命が1日とないものを使う必要があり,しかも特定のレーザーの周波数しか測定できないという欠点があった.逓倍方式の光周波数計測は非常にむずかしい技術だったため,1990年代には被測定周波数とその第二高調波の間を順次等分していく,周波数分割方式が研究された57)58)

この状況は1999年マックスプランク量子光学研究所のUdemらにより超短パルスモード同期レーザーによる光周波数計測法の有用性が実証されて大きく変わった59).モード同期レーザーを周波数軸で見ると,等しい周波数間隔だけ異なる多数のレーザー光の集合体,いわゆる光周波数コム(comb,くし)となっていて,物差しで長さを測るように周波数差を測定することができる.さらに,ほぼ同時期に発明されたフォトニック結晶ファイバ60)61)中の非線形光学効果を利用して実現されるスペクトル幅1オクターブ以上,すなわち高周波端の周波数が低周波端の2倍以上ある光周波数コムでは,コムの各モードの周波数を定めることができる(19・3・4参照).そして,コムのモードの一つと被測定レーザーとのビート周波数を測定するだけで,被測定レーザーの周波数を決定することができる62)63).モード同期レーザーによる光周波数コムそのものは,1980頃にはHänschらによって実証されていた64).また,光周波数コムには,興梠らによって開発された電気光学変調器で深い位相変調をかける発生法65)があり,差周波数計測には広く用いられている.

モード同期レーザーによる光周波数計測法により,わずか1台のレーザーを用いるだけで,広い波長域のレーザーの周波数をマイクロ波周波数と連続的に比較することが可能となった.このことは光周波数標準の精度向上に役立つばかりでなく,これまでは単に高精度の周波数安定化レーザーにすぎなかったレーザー冷却された原子などを基準とするもの(19・3・5参照)を,周波数標準として現実に活用できる可能性をもたらす.レーザー冷却66)とは,レーザーが原子などに及ぼす力を利用し,それらを減速させる方法のことで,1990年代から周波数安定化レーザーへ応用されてきた.室温の原子などを用いたものでは周波数シフトの大きな要因となる特殊相対論の効果,いわゆる2次のドップラーシフトを,無視できるオーダーにまで低減できるなどの利点により,レーザー冷却を利用した周波数安定化レーザーでは非常に小さな不確かさが理論的に予測されている.

19・3・2 周波数安定化レーザー

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