本節では可視・近赤外域の超短パルスレーザーをテラヘルツ(THz)電磁波へ変換する手法について述べる.

超短パルスレーザーのTHz電磁波へ変換方法として,よく用いられる手法には大きく分けて二つある.ひとつは半導体などの光伝導体に超短パルスレーザーを照射し,高速の光伝導電流の変調により電磁波を放射させる方法である.超短パルスレーザーのパルス幅が100 fs程度とすると,レーザー照射による光伝導度の立ち上がり時間も同程度の時間で起こり,放射される遠視野での電磁波の振幅(E)は良く知られているように電流(J)の時間微分に比例式page44iしているため,サブピコ秒の電磁波パルスが放射される.サブピコ秒の電磁波パルスは数十GHzから数THzの周波数帯の周波数成分を含んでおり,これがいわゆる広帯域のTHz電磁波である.もうひとつの方法は2次の非線形感受率を持つ非線形光学結晶に超短パルスレーザーを照射し,光整流効果(optical rectification effect)によりレーザー強度I(t)に比例した非線形分極P(t)を発生させる方法である.レーザーパルス幅程度の時間で分極が発生・消滅するので,分極P(t)の2次の時間微分に比例した双極子放射による電磁波が遠視野で観測されることになる(式page44ii).

前者の光伝導電流の変調を利用したTHz電磁波の発生素子としてはGaAsを光伝導基板に用いた光伝導アンテナがよく用いられる.また,後者の光整流効果によるTHz電磁波の発生にはZnTeが良く用いられる.以下では,これら代表的なTHz電磁波発生素子の原理と効率について解説する.

18・8・1 光伝導アンテナによるテラヘルツ電磁波発生

電磁波は放射素子(アンテナなど)に電流変調を加えることにより発生させることができるが,通常の電気回路や発振器では1 THzを超える変調はむずかしい.しかしながら,フェムト秒の超短パルスレーザーを用いて半導体中に光キャリアを発生させ,光伝導電流をサブピコ秒で変調することにより,容易にTHz電磁波を発生させることができる.電流の変調がサブピコ秒で起こるとすると発生する電磁波はサブピコ秒の時間幅を持つモノサイクルパルスとなり,そのスペクトルは数十GHzから数THzに及ぶ広帯域なものとなる.フェムト秒レーザーで励起するこのような半導体の素子を光伝導スイッチあるいは光伝導アンテナと呼ぶ(素子を考案したD.H.AustonにちなんでAustonスイッチ314)と呼ばれることもある).

図18・49にTHz電磁波の発生に用いられる光伝導アンテナ素子の模式図を示す.素子は光伝導を示す半導体基板上につくられ,その構造は金属の平行伝送線路とその中央部分に配置されたアンテナ(図では平行伝送線路から横方向に突き出た金属電極)とからなる.アンテナの中央には微小なギャップ(5~10 μm程度)があり,ギャップ間には適当なバイアス電圧を印加する.このギャップに半導体のバンドギャップよりも高い光子エネルギーを持ったレーザーパルスを照射すると,半導体中に電子と正孔の自由キャリアが生成され,パルス状の電流が流れる.その過渡電流密度js(t)はアンテナにかけたバイアス電界をEbias(一定値),過渡的な光伝導率をσ=σ(t)として次のように書ける315)

式18・73

ここで,Z0は真空の特性インピーダンス,ndは半導体のTHz領域での屈折率である.式(18.73)の分母は励起された光キャリヤによりバイアス電界Ebiasがスクリーニングされる効果を表している.双極子放射で発生する電磁波は遠視野近似では電流密度を光伝導アンテナに対して積分した全電流式page45iの時間微分で与えられる.

式18・74

ここで,電流密度の体積積分式page45iiは光伝導ギャップ部分のみでなくアンテナ電極を含む全領域に対してとる.leffはアンテナの実効長である.

図18・49

式(18・73)での光伝導率σ(t)の時間変化や大きさは光励起されたキャリア(電子と正孔)のキャリア寿命や移動度,および励起に用いるレーザーパルスの強度プロファイルI(t)で決まる.光キャリアの寿命をτcとすると光キャリア密度nの緩和関数はexp(-t/τc)(t>0)で記述されるので,光伝導率の時間変化は次で与えられる.

式18・75

ここで,eは電子の素電荷,hνは光子のエネルギー,μは移動度である.また,δは半導体中のレーザーの吸収侵入長である.通常,レーザーのパルス幅はキャリア寿命に比べて小さいので,光伝導率σ(t)の立ち上がりはレーザーのパルス幅τpで決まり,立下りはキャリア寿命τcできまる.通常式page45iiiなので,THz電磁波の高周波成分はキャリア寿命ではなくレーザーパルス幅で制限される.

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