18・6・1 超短可視光パルス発生
超短パルス光を得るためには,できるだけ広いスペクトルを持った光を用意することが必要である.パラメトリック過程は,非線型(形)媒質の実励起を伴わない過程を利用するため,物質の励起状態のエネルギーに共鳴する必要がないので,幅広いスペクトルが得られる可能性のある光周波数変換過程である.これには,3磁類の異なった過程がある.光パラメトリック蛍光・発生(parametric fluorescence:OPF,parametric generation:OPG)は,入射光に対して異なった周波数の光(信号光と呼ぶ)とその周波数と入射光(ポンプ光と呼ぶ)の周波数との差周波数を持つ光(アイドラ光と呼ぶ)が,自然、放出される過程である.二つの異なった周波数の光(ポンプ光と信号光)が入射してその一方が増幅されると同時にアイドラ光が発生する過程が,パラメトリック増幅(parametric amplification:OPA)である.さらに,この増幅を利用して共振器を用いて発振させることを,パラメトリック発振(parametric oscillation:OPO)と呼ぶ.
実際に,これらの三つの過程が実際に超短パルス発生にからんで用いられた.1994年に,Takeuchiらはポンプ・プローブ実験において,可能な限り広いスぺク卜ル情報を同時測定するために,非平行配置のパラメトリック蛍光(OPF)として得られた非常に幅広いプローブ光スペクトルを用いた275).同様な考えで,非平行配置のパラメトリック発振(OPO)によりドイツのGaleらは,13 fsパルスを発生した276).その後,極限的に短い幅の可視光パルスを得る方法として,非平行配置のパラメトリック増幅(OPA)が世界の三つの研究室で同時に開発されるようになった277277)~281).その後,いろいろな改良を加えて,1999年度に4.7 fsのパルス幅を持つ可視光パルスを発生することのできるパラメトリック増幅装置の開発に成功した282)~284).また,単にパルス光発生装置の開発だけでなしこのレーザーが分光などにきわめて重要であることを示す,基礎的な分子分光の実験を多数おこない,論文発表をした284)~293).
ここでは,極限的な超短パルスパルスを発生する際に注意すべき重要な点ついて述べたい.開発したパラメトリック増幅探装置のブロック図を図18・39に示す294)~295).極超短パルス発生のために工夫・留意した点は次のとおりである.
(1) パラメトリック増幅の帯域幅は,位相整合条件によって決まる.通常おこなうように,ポンプ光線とシード光線とを共直線にする配置であると,位相接合条件から限られた波長領域でのみパラメトリック増幅がおこなわれる.すなわち,長波長であるため位相速度の速いアイドラ光と短波長の信号光速度のそれとが一致しなくなるためである.ポンプ光線とシード(信号)光線とを有限角度(非共直線角α=3.9°)をなすようにすると,アイドラ光の信号光線方向への余弦成分と信号光の位相速度とが一致するようになる.これにより,160 THzを超えるパラメトリック増幅常域幅が得られる.
(2) (1)のように非共直線にすると,パルスの等強度商(パルスフロント面)が,ポインテイングベクトルに垂直でなくなる.その結果,ポンプ光とシード光のパルスフロントが一致しなくなる.このため,増幅された信号光(シード光)のパルス幅が広がってしまう.この問題を解決するために,パルスフロント整合という考えを導入し,あらかじめ,ポンプ光のパルスフロント面を傾けておいて,シード光に対して非共直線的に,増幅用非線型(形)結晶に入射すると,両者のパルス面が一致するようになりパルス幅が短くなる.
(3) 増幅器の励起光パルス(再生増幅したTi:サファイアレーザーの第二高調波)を石英ガラスブロックによって,大きくチャープさせパルス幅を広げた.100 fs,100 μJのポンプパルスはパラメトリック増幅に使用するBBO(β-barium borate)結晶には若干強度が高すぎ,結晶に損傷が発生することがあった.これまでは,これを避けるために,よく集光した励起光を入れることができず,したがってわずかにではあるがデフォーカスした励起光を用いてパラメトリック増幅をおこなった.この結果,結晶位置における励起光の空間的コヒーレンスが最良でなく,増幅された信号光の空間的コヒーレンスも良くなかった.増幅のエネルギーをそのままにして結晶に損傷ができないようにするのに,パルスをチャープさせることは非常に有効であった.こうして空間的コヒーレンスの良い増幅信号光を得ることができた.さらに,励起光のパルス幅が長くなったために,白色光の予備圧縮と,信号光とポンプとの遅延時間について精度の高い調整が必要なくなり,さらに,多少この遅延時間にジッタを引き起こす要因があったとしても,その効果を受けにくくなり,出力強度の安定性にもつながった.
(4) 励起光パルスにプリズムによって角度分散をつけた.これによって,位相整合の条件がゆるくなり,より広帯域のパラメトリック増幅を得ることができた.図18・40に角度分散した励起光パルスによる位相整合条件を表した図を示す.
(5) OPAの非線型(形)光学結晶の中でシード光(パラメトリック)であるフェムト秒白色光と励起光とが空間的によく重なり有効な相互作用をするために,プリズム対によって予備圧縮した.以前は,増幅前の信号光の予備圧縮はチャープ鏡によっておこなっていたが,信号光として使用しない800 nm付近のスペクトルを取り除くために特注の透過率の急峻な立上りを持った短波長カットフィルタが必要であった.そのような特性を持つフィルタには,誘電体多層膜を使用せざるをえないので,スペクトルに多層膜干渉による構造ができる原因となっていた.プリズムを使用することによって,分散した800 nm付近のスペクトルをカミソリの刃などの,簡便な空間フィルタを用いてブロックするだけで容易に取り除くことができるようになった.それにより,スペクトルの形をより平滑で構造の少ない形にすることができる.
(6) 出力光を可変形鏡を用いて位相を制御した.これによって,通常の光学素子では補償が不可能な高次の分散を補償することができた.
以上の工夫の結果,得られたパルスの特性を測定した結果を図18・41に示す.
図18・41(a)は,可変形鏡にかける電圧をすべて0にした場合のSHG(second harmonic generation)-FROG(frequency resolved optical gating)トレースであり,図(b)は,可変形鏡をパルス幅が短くなるように動かして測定したFROGトレスである.それぞれのFROGトレースから計算された位相スペクトルを図(e)に示す.この図から,可変形鏡を用いて,高次の分散がきれいになくなっているようすがわかる.また,図(f)に時間領域のパルス波形を示す.この半値幅は3.9±0.1 fsであった294).これは,可視光領域では世界最短のパルス幅である.また,特筆すべきは,スペクトルに微細な構造がなく平滑であり,分光や波長依存性の研究などに応用しやすいということである.1997年からホローファイバを用いて, 5 fs以下のパルスを発生させる方法が用いられたが,それでは,自己位相変調を使用しているために,どうしてもスペクトルに干渉に基づく微細構造が現れるが,この方法ではそうした構造が現れない.したがって,この方法は,4 fs以下の可視光領域の超短パルスを発生させる方法としては,最も実用的な方法といえる.
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