固体レーザーは,最初に発振が雌認されたにもかかわらず,長らく大型で不安定な,しかもビーム品質が,ほかの方式のレーザーにくらべ劣っているとされてきた.しかし,近年の半導体レーザー(LD:laser diode),励起固体レーザー(DPSSL:diode-pumped solid-statelaser)は状況を一変させた1)2).なかでも,マイクロチップレーザーは,従来のエタロンそのものをレーザー共振器とするため,単一周波数発振も容易となる特長を有する.このような薄膜レーザーの起源は1972年のエピタキシャル成長による数十μm Ho:YAGレーザーまで遡ると思われるが3)~8).まともなレーザー発振には至らず顧みられることはなかった.DPSSLによる「固体レーザーのルネッサンス1)」を経て,1990年頃に提案されたLD励起マイクロチップレーザーに至りようやくコンセプトが明確になり,初めてその有用性が認識された9)~11)

LDとほぼ同一寸法のマイクロチップレーザーは,LDの高効率・長寿命特性を引き継ぎ,さらに基本横モードで単一縦モードが得られやすく,低雑音,高安定動作が期待できるだけでなく,エネルギー蓄積効果に優れているため短パルス化による高輝度化なども容易となるなどLDにない特徴も備えている.本稿では,マイクロチップレーザーについて基本特性を平易に解説するとともに最近の研究動向や可能性を紹介したい.

15・3・1 基本特性

[1] 単一モード発振

固体レーザーは,一般に利得(蛍光)幅が広く,長い共振器の場合には空間的ホールバーニングによって隣接モードが立ちやすいことも相まって,多重縦モード発振状態となる.しかし,縦モード間隔(FSR)は共振器長に逆比例するため,利得媒質長を1 mm程度に短くしたエタロン状の共振器を有するマイクロチップレーザーでは,利得幅内に許容される縦モード数を1本ないし2本程度に抑えられる.これにより,縦モードの単一化が可能となる9)10)(図15・29).ただし,媒質長が短くなればその分,励起光の吸収効率が低下するため,吸収係数との兼ね合いを考慮しなければならない.そこで,マイクロチップレーザーの性能指数として吸収長1/αaを媒質長Jに等しくしたとき利得幅Δν0内に許容される縦モード本数

式15・45

を定義する.ここでnは屈折率cは真空中の光速である.吸収長は励起光源の線幅にも依存するが,表12・6より,添加濃度1 at%のNd:YAGでは,m=3.9となるのに対してNd:YVO4,だと吸収係数が高いためm=0.76となり,単一縦モード動作のマイクロチップレーザー材料に適していることがわかる.図15・30に,最初に提案されたLD励起Nd:YVO4マイクロチップレーザーを示す10).Nd濃度1.1 at.%のYVO4,結晶の両端面に反射鏡を直接蒸着し,長さ500 μmのレーザー共振器を構成している.500 mWのLDで励起した場合,単一縦モードで103 mWの出力が得られた.また,スロープ効率32.4%,最小発振しきい値5.3 mWと,当時としてはきわめて低しきい値,高効率動作の高出力単一縦モードで発娠が非常に簡単な構成で実現された.

図15・29

図15・30

外部鏡を有する短共振器型マイクロチップレーザーは,共振務内部に種々の光学素子を挿入できるため,多機能化・高機能化が図れる.高い吸収係数を有するレーザー媒質を共振器端に配置することで,空間的ホールバーニング12)による多重縦モード発援を抑制できるものの13)14),限界がある.一方,レーザー共振器内部素子の反射率は共振器損失となり発振効率低下の原因とされていたが,ある条件下ては効率低下につながらず波長選択素子としても機能することが明らかになった11)15).図15・4の構成において,レーザー媒質であるNd:YVO4,結晶の共振器側端面2に基本波に対して部分反射(R2=1,11,25%)を施し,出力鏡と併せて複合共振器(coupled-cavity:CC)を構成した.入出力特性を図 15・31に示す.実験でも反射率R2の増大に伴い単一縦モード出力は増大し,発振しきい値は低下した.さらに,R2=25%のときには最大励起時においても単一縦モード(M2=1.03)が維持されCC構成により,単一縦モード発振を維持しつつも多機能化が図れることが示された.

図15・31

[2] 波長可変・変調特性

エタロンそのものを共振器としたマイクロチップレーザーは,媒質の温度を制御して光路長を変えることにより利得幅内で連続的にレーザー発振周波数を掃引することができる.このとき,発振周波数の温度変化特性は次式で与えられる10)

式15・46

ここで,Tは結晶温度である.図15・32に,Nd:YVO4マイクロチップレーザーの発振周波数および利得中心の温度依存特性を示す.結晶温度を常温より67 K上昇させることにより,モードホップを起こさずに発振周波数を107 GHz低周波数側にシフトできた.マイクロチップレーザーにおいて,モードホップは利得中心ν0と共振器モードの差がFSR以上になると生ずるため,モードホップフリーの周波数変化量は次式のように与えられる.

式15・47

ここで,γは利得中心周波数ν0と発振周波数νの温度係数比でありγ=(dν0/dT)/(dν/dT)となる.図15・32では装置の都合でそれ以上温度を上昇させることはできなかったが,式(15・47)より周波数シフト量を見積もると,130 Kの温度シフトにより207 GHzの掃引が可能であることがわかる.

図15・32

レーザー材料の蛍光幅が広い場合,または共振務内部にほかの光素子を挿入する場合は,単一縦モード発振を維持することが困難になる.図15・33では共振様内部SHG構成においてさらに複屈折フイルタを内部に配置した.ここで用いたYb:YAGは蛍光幅が8.5 nmあり,通常構成では単一モード化は困難である.ここでは,Yb:YAGチップと出力鏡で複合共振器を構成するとともにSHG用のLBO結晶,波長可変用の複屈折フィルタを用いた.まず,非線形光学結晶を取り除きミラーを交換することにより,基本波にて1024.10~1108.56 nmと可変幅84.5 nm(22.3 THz)を得た(図15・34)16).SH光においても,単一縦モードで波長可変幅は,515.25~537.65 nmと22.4 nm(24.4 THz)にも及んだ.Arレーザーと同じ波長域でより広い可変特性を超小型マイクロチップで実現しており,このレーザーは各種分光用光源,ホログラフィック用光源として応用された17)

図15・33

図15・34

[3] 安定化

レーザー出力はつねに変動しているといえる.その原因としては周囲温度や振動など環境的なものだけでなくレーザーの発振原理そのものに起因した量子雑音やモードホッピング雑音なども含まれる.強度雑音を低減化する方法として,励起パワーに対して電気的に負帰還をかける方法がある.図15・35にその原理を示すためのブロック図を示す.ここで,LDへの注入電流をI0,また,そのゆらぎ成分をΔIとする.LDを含めたレーザー全体の伝達関数をT,レーザー内部で発生する雑音成分をN1とするなら,出力のゆらぎ成分は,ΔP0=TΔI+N1となる.レーザー出力を光検出器で検出し増幅してハイパスフィルタを通してLD電源に負帰還をかける構成において,増幅器の増幅率をA,検出器や増幅器入力段で発生する雑音をN2,増幅器の出力段やLD電源で発生する雑音をN3とすると,ΔI=-A(ΔP0+N2)+N3となる.これより,

式15・48

が得られる.増幅器の増幅率が十分に大きければ,ΔP0→-N2となる.すなわち,レーザーの緩和発振も,検出器のショット雑音限界程度まで低減できる.これまでに回折格子帰還LD励起Nd:YVO4において250 kHzでの相対強度雑音(RIN)が量子限界まで抑えられている18) また,マイクロチップレーザー(線幅~10 kHz9))に,高フィネス外部FP干渉計を用いたFM側波帯安定化などをおこなうことで相対周波数雑音は16.5 mHz/式20iまで低減され,860 Hzに対応する線幅が得られている19).さらに最近,2波長動作マイクロチップレーザーにおいてビート雑音25 mHz,RIN雑音-130 dBc/Hz(1 MHz)の報告もある20)

図15・35

15・3・2 高機能化

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