1960年にMaimanがルビーレーザー(Cr3+:Al2O3)の発振に成功して以来1),遷移金属イオンを発光中心とする固体レーザー結晶の探索が精力的に進められた.その結果,Ni2+,Co2+,V2+,Cr3+,Ti3+,Cr4+,Cr2+といった種々の遷移金属イオンを母結晶に添加した材料からレーザー発振が確認されている.これらの遷移金属イオンを添加した結品の多くは,添加したイオンのクーロン場と母結晶の結晶場の強い相関関係により,広帝域な発光および吸収スペクトルが得られる.このような結晶を用いたレーザーはレーザー遷移の終準位に連続的に多数存在する振動準位を利用しているため,一般的にフォノン終準位レーザー(phonon terminated laser)と呼ばれる.振動状態との結合エネルギーは電子格子(フォノン)相互作用定数で決まり,レーザーの発振波長は不純物イオンのエネルキー準位構造によって決定される2).遷移金属レーザー結晶でも,結晶場との相互作用の弱いCr3+:Al2O3(ルビー)は3準位系であり,発光スペクトルの線幅が狭い.これに対してCr3+:BeAl2O4(アレキサンドライト)やTi3+:Al2O3(Ti:サファイア)などのフォノン終準位レーザーは4準位系であり,ゼロフォノンライン(R線)だけでなく,フォノン準位での発光も観測される.ルビーは3準位系であるためイオンの多数を励起状態にする必要があり,発振には比較的強い励起を必要とする.このように終準位に連続的に存在する振動準位を利用しているフォノン終準位レーザーは,波長可変性が得られ,さらにモード周期技術を用いることにより超短パルスの発生や増幅が可能である.最も広帯域の利得帯域を持つTi3+:Al2O3(Ti:サファイア)レーザーでは10 fs以下のパルス発生も可能である.これ以外にも,吸収スペクトル幅が広いため,フラッシュランプや広帯域半導体レーザー(laser diode:LD)で効率良く励起可能であることや,エネルギー準位が4準位系になるため発振しきい値が低く抑えられるといった利点があげられる.

このようなフォノン終準位レーザーはこれまでに数多くの母結晶と添加する遷移金属イオンの組合せにおいてレーザー発振が確認されており,その発振波長も680 nm(Ti3+:Al2O3)から3010 nm(Cr2+:Cd0.85Mn0.15Te)と広範囲にわたっている.図12・1には主なフォノン終準位レーザーの発振波長を示す.Ce3+:LiCaAlF6レーザーは希土類元素を発光中心とし,フォノン終準位レーザーとしては最も短い波長である紫外領域での発振が可能である3)~5).フォノン終準位レーザーとしては,1963年に米国べル研究所のグループによるNi2+:MgF2結晶を用いた波長可変レーザーが最初に報告された.その後,同グループによりフッ化物や酸化物に,Co2+やV2+を添加した結晶からのレーザー発振が報告された6)が,これらはレーザー結晶を極低温に冷却しなければならなかった7)8).室温で発振した最初のフォノン終準位レーザーは,1974年のHo3+:BaY2F8レーザーであるが9),遷移金属イオンを発光中心とするレーザーでは1977年のCr3+:BeAl2O4(アレキサンドライト)レーザーが最初である10).最も利得帯域幅の広いTi3+:Al2O3(Ti:サファイア)レーザーは1982年にP.F.Moultonによって関発された11).Ti:サファイアはexcitedstate absorption(ESA)が起こらないため,蛍光スペクトル全域でのレーザー発振波が可能である.1988年にはS.A.Payneらにより直接LD励起が可能なCr3+:LiCaAIF6やCr3+:LiSrAlF6が開発され,小型全固体超短パルスレーザーの開発が進められている12)13).また,センシングなどに重要な役割を果たす,いわゆる「分子指紋領域(molecular tingerprint band)」(2~10 μm)で発振するCr2+:ZnSeが1996年に報告されている14)

図12・1

12・1・1 遷移金属レーザー結晶

レーザー媒質の分光学的特性は,レーザーを設計する際に非常に重要なパラメータとなる.分光学的特性にはエネルギー準位構造,蛍光寿命,吸収および蛍光スペクトル,誘導放出断面積などがある.このような性質以外にも屈折率変化(温度によるdn/dT,複屈折性)が重要な要素である.表12・1に遷移金属レーザー結晶の特性を示す.さらに実用的な観点からは操作の容易さ(空冷,水冷,液体窒素冷却など),化学的安定性(耐水溶性,潮解性,色中心生成),物理的な耐損傷性,機械的性質なども重要な要素である.

表12・1a

表12・1b

図12・2は代表的な遷移金属レーザー,エキシマレーザー(KrF),色素レーザー(ローダミン6G)の誘導放出断面積と蛍光寿命の関係を示す.遷移金属レーザーは誘導放出断面積がエキシマレーザーや色素レーザーの~10-16 cm2に対して~10-20~10-18 cm2と小さいため,レーザー発振が起こりにくい.しかし,蛍光寿命が~10-9秒程度のエキシマレーザーや色素レーザーとくらべ~10-6~10-3sと長く,より大きなエネルギーをため込むことができるため,レーザー増幅器に適している.このとき,誘導放出断面積が小さいため,飽和増幅の状態で大きな利得を得るため強励起が必要となる.そのため,レーザー媒質には高い光学損傷しきい値が要求される.

図12・2

図12・3は代表的な遷移金属イオンレーザーの利得帯域幅と飽和フルエンスの関係を示す.モード同期により発生することのできるパルス幅は利得帯域幅に反比例するためレーザー媒質から得られるピーク出力は利得帯域幅と飽和フルエンスの積に比例する.そのため遷移金属レーザーは高出力超短パルスレーザー開発に適したレーザー媒質であるといえる.

図12・3

以下に遷移金属レーザーの中でも代表的なものについて解説する.

12・1・2 Ni2+イオンレーザー

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