主として低パワーの可視・近赤外領域のレーザー照射により,創傷治癒の促進,疼痛緩和,骨形成作用などが報告されている.これらの細胞レベルのメカニズムについて,培養細胞や組織から単離したミトコンドリアを用いて,細胞増殖と分化・エネルギー産生・神経の再生および興奮伝達効率などに対するレーザー照射の影響が調べられている.
42・4・1 細胞分裂・増殖・再生
創傷治癒や血管新生に関連して,上皮系や平滑筋由来の培養細胞に近赤外レーザーを照射すると,増殖が促進される,あるいは成長因子の産生が増加したという報告が種々の細胞系で蓄積されつつある.
ヒト歯肉由来の線維芽細胞に809 nmのレーザーを10 mWの強度で5分照射すると,24時間後の分裂が促進された14)が,72時間後には効果が減少した.同様の歯肉系の線維芽細胞LMFで,670,692,780,786 nmの各波長を2 J/cm2で照射したところ,パワーが同じなら波長によらず増殖は促進された2).また,モデル系として多用される線維芽細胞NIH-3T3に,904 nmのレーザーを3~4 J/cm2で1~6日間にわたって照射すると,有意に増殖が促進された3).
一方,He-Neレーザー(632 nm)を血管平滑筋細胞・線維芽細胞ならびに心筋細胞に照射すると,血管内皮細胞増殖因子であるVEGF(vascular endotherial growth factor)の産生増加が認められた17).血管平滑筋細胞と線維芽細胞では約1.6倍(最適照射エネルギー:0.5 J/cm2),心筋細胞では7倍(同:2.1 J/cm2)増加し,さらに,この培養上清を用いて内皮細胞を培養すると,顕著な増殖促進が認められたことから,上清中に遊離されたVEGFの有効性が示された.
また,He-Neレーザー照射は,ケラチノサイトと線維芽細胞からのbasic fibroblast growth factor(bFGF)の遊離を増加させ,ケラチノサイトでは神経成長因子(nerve growth factor:NGF)の遊離も促進された18).このケラチノサイト培養系をHe-Neレーザー照射したあとの培養上清でメラノサイトを培養すると,有意に[3H]thimidine取り込みが増加した.分裂のみならず,He-Neレーザーでメラノサイトを直接照射すると,細胞移動が促進される事も観察されている.
正常およびケロイド性の皮膚由来線維芽細胞系に,スーパーパルスCO2レーザーを照射し,増殖と培養上清中のbFGFとtransforming growth factor-β(TGF-β)の遊離量が調べられた19).bFGFは分裂を促進する一方,コラーゲンの産生を抑え,細胞のphenotypeを安定化させるが,TGF-βはコラーゲンの産生・分泌を増加させ,ケロイド形成を促進させる因子と考えられている.CO2レーザー照射により,どちらの細胞も分裂速度が短縮し,bFGFは両細胞系で遊離量が増加し,特にケロイド系での増加が顕著であった.一方,TGF-βの産生はレーザー照射により抑制されたことから,CO2レーザー照射はケロイド形成を抑えて正常な皮膚再生を促すことが示唆されている.
骨芽細胞に690 nmあるいは632.8 nmのHe-Neレーザーを照射すると,分裂速度ならびにDNA合成が増加し,45Caの取り込みが増加した20~22).これらの結果は,歯科・整形外科領域で,レーザー照射が骨形成を促進するという臨床データを裏付けるものである.
一方,神経系については動物個体を用いた実験が行われ,末梢神経が再生する際,近赤外レーザー(633 nm)を照射すると再生が促進される事が示唆されている23).顔面運動神経の軸策を切断すると,神経再生のマーカーとなるCGRP(calcitonin-gene related peptide)の発現が誘導されることが知られているが,その際11日に亘って633 nmのレーザーを経皮的に照射した個体では,CGRPのmRNAが非照射の個体にくらべて,10倍も増加した.
このように,種々の細胞に対し,レーザー照射はいずれも増殖促進作用を示したが,波長やパワー依存性は,細胞種や培養条件によって異なる結果が得られている.いくつかの細胞種で,成長因子の産生増加が確認されたことは,何らかの転写因子が関わっている事を示唆しており,今後レーザーの作用点が分子生物学的に探索されることが期待される.
42・4・2. エネルギー代謝とミトコンドリア機能
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