レーザーと化学の関係には二つの面がある.第一に,レーザー発振する物質自体が化学物質であるから,レーザー自体の発展と化学とは表裏一体の関係にある.化学者の書いた「レーザー化学」の本やレビューを紹介するとともに(36.1.1),レーザー自体の発展について,特に化学者サイドから見た最近の話題について触れる.第二に,圧倒的に広くまた深い領域であるレーザーを使う新材料づくり,新化学物質の生成,および化学現象の解明について解説する.

36・1・1 レーザー化学(全般)関係の著作とレビュー

「レーザー化学」「レーザー光化学」または「レーザーと化学」と題する本は6種類出版されている.片山幹郎の著作1)はI,IIの2冊からなる大著で,量子エレクトロニクスに関する詳しい解説と,その化学への応用を原著論文に準拠して解説している.土屋荘次編2)の著作は,レーザー分光による反応ダイナミクス研究(気相反応の詳しい機構を原子レベルで解明する研究)の本格的な解説書である.これらの著作はやや専門的であり,また詳しい.片山にはもう一つの本3)がある.伊藤道也の本4)はレーザー化学の基礎から生命科学にまでわたる.佐藤によるもの5)6)は材料化学への展開に重点をおいている.これら4冊は平易な,入門的な解説書である(ただし,5)は引用文献の記載も含む).

気体レーザー発振に関係する状態に関する分光学的な解説が,「レーザー研究」誌の「分子分光学の立場から見た気体レーザーI,II,III」7)にある.以下には,最近のトピックスのいくつかをあげる.

(1) デンドリマーレーザー 色素レーザーは波長可変で使いやすいが,色素の濃度を高くすると凝集や分子間消光が起こるため,mmol/l以上には高くできない.通信総合研究所の横山ら8)は,色素(DCM)をデンドリマー(図36・1)中に入れることで,高濃度9 mmol/lを実現した.これによってレーザー出力は上がり,発振のしきい値が下がった.

(2) 波長可変中赤外レーザーの開発と化学への応用波長5~20 μm(波数2000~500 cm-1)の中赤外領域は化学ではとても大切である.分子振動の基音(fundamental)のほとんどが,この領域に出現するからである.近赤外寄りの3~4 μm(波数3300~2500 cm-1)帯の赤外レーザー光ならば差周波法やOPOによって比較的容易に得られるが,この領域にはC-H,N-H,O-H結合の伸縮振動が存在するだけで,多くの分子振動はもう少し低波数に出現する.そのような領域での波長可変赤外レーザーの発展はたいへん遅い.佐藤は1996年にこの領域の調査をした9)が,その後の進歩は量子カスケード(QC)レーザーと自由電子レーザー(FEL)である.

図36・1

Rice大学のTittel,Curlら10)は差周波発生(AgGaS2を使用)によって赤外レーザー光を得て,これを大気のモニタリングに使用した.ベル研究所のCapassoら11)の量子カスケードレーザーは微量気体の検出に高い可能性を持ち,大気のモニタリングに用いられている.すなわちジェット推進研究所のWebsterら12)は,これ(8 μm帯,82 Kに冷却)をNASAの高高度飛行機に搭載して,メタンや酸化二窒素(N2O)などのモニタリングをおこなった.Kosterev, Tittelら13)はPhysical Sciences(PSI)社の研究者とともに,大気中の一酸化炭素(CO)の連続モニタリングをおこなった(図36・2).彼らの実現した感度は,CH4とHDOで約1 ppmv(体積比で10ppm),N2Oで1 ppbv(体積比で10 ppb)以下と,たいへん高いものであった.PSI社ではNO,SO2,SO3に対する観測システムも開発中とのことである.

図36・2

アメリカでNASAは,テラヘルツ気体レーザーの開発に乗り出している14).これは2004年に予定されている地球観測衛星Auraに搭載予定で,オゾンの枯渇を起こす原因の一つであるヒドロキシル(OH)ラジカルを2.5 THz帯で観測しようとしている.このレーザーでは75 MHzのRF源が9.69 μmのCO2レーザーを励起し,これがメタノール蒸気を基底振動状態から第一励起振動状態に励起し,この振動励起状態の回転遷移によって2.5 THz(118.8 μm)出力を得るものとのことである.

自由電子レーザー(FEL)は波長領域,強度の点で魅力がある.レーザー学会刊「レーザー研究」誌2003年12月号は「中赤外自由電子レーザーが拓く応用研究」特集号であるので参照されたい15).FEL施設は日本では大阪大学大学院工学研究科自由電子レーザー研究施設(大阪府枚方市),東京理科大学赤外自由電子レーザー研究センター(千葉県野田市)の2か所にあるが,この両施設で得られた成果として化学関連のものでは,粟津らによるプロテオミクス応用,医用応用,液晶の配向制御16),能丸と黒田によるSi同位体分離17)が述べられている.

オランダのNieuwegeinにあるFEL施設FOM InstituteにはFELIX(free lectron laser for infrared experiments)18)があり,600~1800 cm-1の全領域で40~60 mJの出力が得られる.これを利用した研究としてアメリカGeoergia大学のDuncanら19)による金属錯体の研究がある.DuncanらはAl+-ベンゼン(C6H6)錯体の赤外スペクトルを,赤外共鳴増強多光子解離(IRREMPD)の結果得られるAl+イオンのアクションスペクトルとして測定した(図36・3).730,990,1471 cm-1に吸収帯が見出され,ベンゼン環の面外CH変角,全対称伸縮および面内CC環変角振動に帰せられた.全対称伸縮振動は遊離のベンゼン分子では赤外不活性であるが,Al+イオンと錯体を形成することによって出現したものである.

図36・3

36・1・2 レーザーの化学応用

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