固体レーザーにおいて,極短パルス(100 fs以下)光でテラワット以上の出力を得るには,増幅器の性能として次の三つの重要事項があげられる.

(1) 増幅器の利得帯域幅が極短パルス光のスペクトル幅より広いこと.

(2) 高エネルギー増幅を達成するため,増幅器の飽和フルエンスが高いこと.

(3) 増幅器中での非線形光学効果を抑制するため,レーザー媒質の非線形屈折率が小さいこと.

Ti:サファイアは,有機色素やエキシマにくらべて飽和フルエンスが高く,利得帯域幅も広いため,極短パルス光の大出力増幅に適している.現在では,チャープパルス増幅(CPA:chirped pulse amplification)67)との併用により,ペタワット級の出力が得られている68).さらにTi:サファイアは,Nd:ガラスなどにくらべて熱伝導率が格段に優れ,高繰返し動作が容易なため,繰返し10 Hzで100 TWのピーク出力69),1 kHzで1 TWのピーク出力70)(平均出力はともに20 W)が得られている.また,Ti サファイア増幅器の励起には,Nd:YAGあるいはNd:YLFレーザーの第二高調波が利用可能であり,市販の励起光源を用いて容易に増幅システムを構築することができる.こうしたTi:サファイアレーザーの高ピーク出力化には,i)励起用Nd:YAGおよびNd:ガラスレーザーの高出力化,ii)高品質Ti:サファイア結晶の大口径化,iii)レーザーパルス幅の短縮化が大きな役割を果たした.表21・5に各国の代表的なTi:サファイアレーザーシステムの性能を示す.これらのシステム以外にも数多くの数十TW級のシステムが理科学研究用に稼働を続けており,極限性能を有するレーザーシステムとしては普及率が非常に高いといえる.

Ti:サファイアを増幅媒質とするレーザーシステムにおいては,レーザー光のパルス幅が短くなるほどピーク出力が高くなるため,パルス幅の短縮がより大きなピーク出力を得るための鍵となっている.さらに,原子・核物理,高エネルギー物理,天体物理などの研究や,短波長コヒーレント光源や粒子加速器開発などのさまざまな応用研究にとってレーザー光の短パルス化は,i)少ない投入エネルギーでテラワット以上の出力が達成できるため,実験室規模の高繰返しレーザーシステムが利用できる.これによってデータ取得率が格段に向上する,ii)レーザー装置が小型にできるため用いる光学部品点数が少なく,かつ小型で済むため,レーザービームの品質が良好に保てることにより,回折限界に近い集光性能が維持できる,iii)極短パルス光を用いることで原子・分子レベルでの超高速過程を観察あるいは制御することができる,などのさまざまな利点がある.図21・20に型的な大出力Ti:サファイアCPA増幅システムのブロックダイアグラムを示し,このダイアグラムに沿って増幅システムを構成するコンポーネントについて解説する.
図21・20

表21・5

21・4・1 発振器

増幅システムの発振器としては,カーレンズモード同期(あるいは自己モード周期とも呼ぶ)Ti:サファイアレーザー発振器が用いられる.近年,Ti:サファイアに代表される広帯域・波長可変固体レーザーの出現により,安定した100 fs以下のレーザーパルスが容易に得られるようになった.これは,カーレンズモード同期と呼ばれるレーザー媒質中での光カー効果を利用した新たなモード同期法が開発されたためである71).レーザー媒質中でレーザー光強度が大きくなると,3次の非線形過程であるカー効果により,強度の高いビームの中心部分がその周辺部分にくらべて実効的な屈折率が高くなり,レーザー光の自己収束が生じる.共振器内に適当なアパーチャを設けることにより,時間的に強度の高い部分では,自己収束の効果が強くアパーチャの透過率が高くなり,これによって振幅変調を受ける.カーレンズ効果によってレーザー光の自己収束が生じるとともに,自己位相変調効果によってレーザー光のスペクトル(周波数)幅が広がり,原型的に短パルス化が可能となる.広がったレーザー光のスペクトルは,一般に共振器内の媒質の分散と組み合わさって時間的に周波数が増加する正のチャーピングを受けており,これに逆(負)の周波数チャープを与えて(プリズム対72)や誘電体多層膜ミラー73)を利用する),すべての周波数成分を同一時に重ね合わせ,バンド幅極限の光パルスを得る.Ti:サファイアレーザーの場合,原理的には約3 fsの光パルスの発生も可能であるが,10 fs以下のパルス幅を得るには,媒質内で生ずる高次分散の補償,レーザー出力鏡の帯域などが重要となり,共振器外でのパルス圧縮なしにTi:サファイア発振器から直接得られる最短パルス幅は約5 fsである74)

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