高出力のフェムト秒固体レーザーの利得波長域は,Ce:LiCAFなどを例外として,可視から赤外域に限られている.そのため,紫外域でフェムト秒の高出力レーザー光を得る手段としては,高出力のTi:サファイアレーザーCPAシステムの出力光を非線形結晶によって波長変換するのが一般的である.しかし,高強度のレーザー光の波長変換のためには大口径の非線形結晶が必要になる一方,群速度(群遅延)不整合を低減するために非線形結晶の厚みを1 mm以下にまで薄くしなければならず,機械的強度を保つための大きさに制限が生じてしまい,得られるエネルギーは1 mJ程度が限度である.

したがって,これ以上のエネルギーの紫外フェムト秒レーザー光は紫外増幅媒質であるエキシマを用いて初めて得られる.本節では代表的な紫外レーザーであるKrFエキシマレーザーの高出力システムについて述べる.

21・3・1 システムの概要

KrFエキシマレーザーは248.3 nmを中心に2 nm以上の利得帯域幅を持つ49)(図21・13).この利得帯域幅すべてを利用することができれば40 fs程度のパルス幅が得られるが,超短パルスのモード同期発振器としては,実用にはいたらなかった.しかし,紫外種光さえ用意できれば高出力の超短パルス増幅器として有効に働く.1989年の時点で電子ビーム励起によるフェムト秒の増幅システムが開発されており50),パルス幅400 fs,4 TWのピークパワーが得られている.このレーザーは単一ショットの増幅器を最終段に用いていたため,高繰返しは不可能であったが1992 年には10 Hzでの繰返しが可能な放電励起の大口径増幅器が開発され,1 TWのピークパワーが10 Hzで得られる様になった51)

図21・13

当時はまだ固体レーザーのCPAシステムが普及していなかったため,増幅器に対する種パルス光は色素レーザーの超短パルス増幅器からの出力光を波長変換したものであった.このため波長変換後の紫外光のエネルギーは数μJ程度でしかなく,KrFでの高利得増幅が必要であった.ところが,エキシマレーザーは色素レーザーと同様,飽和フルエンスが小さく利得は得やすいものの,高利得の増幅では自然発光の増幅(ASE)の問題を避けることができない.各増幅ステージの間にピンホールによる空間フィルタを設け,被増幅光と自然放出光のコントラストをつける事によって文献3)では105倍程度の増幅を実現しているが,色素レーザーの増幅器と複数のエキシマレーザーを同時に動かさねばならないことを考えると装置の複雑さは否めない.

これに対し現在では

(1) Ti:サファイアCPAによる745 nmの高エネルギー(繰返し10Hz であれば数十mJ程度)超短パルスの発生.

(2) 非線形結晶による高効率波長変換による3倍波発生.数十mJの基本波(745 nm)の入力で,100 μJ~1 mJ程度の248.3 nm の超短パルスを得る.

(3) 得られたTi:サファイアレーザーの第三高調波をKrFエキシマレーザーで増幅する.

というチタンサファイアレーザーとKrF エキシマレーザーの組み合わせがフェムト秒の高出力紫外パルス発生の中心的な手段となっている.Ti:サファイアのチャープパルス増幅システムと高効率の波長変換の組み合わせによって1 mJ近いパルスエネルギーのフェムト秒の種パルスをエキシマレーザーに供給できるので,エキシマレーザーで必要な利得は3桁近く減少し,KrF増幅1段で十分なエネルギーが得られる.したがってKrFの多段増幅に伴うASEは問題にならなくなった.

KrF/Ti:サファイアレーザーを組合わせた紫外の高出力フェムト秒レーザーシステムの例を表21・3に示す.表にある通り,この組み合わせの高出力紫外フェムト秒レーザーシステムが開発されたのは1993年の東京大学とイリノイ大学のシステムが最初である.イリノイ大学のシステムはチタンサファイアレーザーの出力エネルギーが5 mJであり,かつ第三高調波への波長変換にKDP結晶を用いているため,第三高調波のエネルギーが5 μJ程度であった.これは,それまで用いられていた色素レーザーとほぼ同様のエネルギーの第三高調波であるため,KrF増幅器はプリアンプと最終段アンプの2段増幅を必要とするものでTi:サファイアレーザーのマルチパス増幅器3段でパルス圧縮後45 mJのエネルギーを得,これを和周波混合(21・3・3参照)を用いて1 mJの第三波出力を得ている.イリノイ大学の場合と比べて200倍の3倍波を入力できるため,KrF増幅は1段で済み,ASEの抑制が容易なシステムであると言える.また,増幅後のパルスをフッ化カルシウムのプリズムで分散補償してパルスエネルギー130 mJ,パルス幅130 fsの出力(ピークパワー1TW)を得ている.

表21・3

その後,ラザフォード・アップルトン研究所で電子ビーム励起の大口径KrF増幅器を用いたTWシステムが開発された.高出力の超短パルスがレーザーウインドウを透過する事によって引き起こされる自己位相変調(Self Phase Modulation:SPM(21・3・2参照))を回避するために紫外光に対してチャープパルス増幅を用いているのがこのシステムの特徴である.このシステムでは,パルス圧縮に用いる回折格子の光損傷しきい値が最大出力を制限していると報告されている.

その後,ピークパワーだけでなく高繰返し・高平均出力の超短パルスKrFレーザーの開発が進み,1996 年には繰返し1 kHzで平均出力7 W,パルス幅300 fsのKrFレーザーが報告された.KrFレーザーはガス媒質であるため固体媒質のレーザーで問題となる熱レンズや熱複屈折といった現象をほとんど無視できる.したがって高平均出力化は固体レーザーよりも有利であると考えられ,実際この7 Wの平均出力は当時のフェムト秒レーザーとしては最大のものであった.

その後,固体媒質のフェムト秒レーザー増幅器でも熱レンズを補償する手段が発達し1999 年にはチタンサファイアレーザー単体でも22 Wの平均出力が報告されたが61),2001年に200 Hzの繰返しで平均出力50 WのKrF レーザーが開発され,これを上回る結果となっている.このシステムではASEを抑制するためにKrFに入力するパルスを2.5 ns間隔の四つのパルス列としているため1パルスあたりのエネルギーは12.5 mJとなっている(21・3・4参照).

2001年から2002年にかけてはゲッチンゲン・レーザー研究所での開発が報告されている59).100 mJの増幅出力が報告されているが,フロントエンドがチタンサファイアレーザーではないので,ここではTi:サファイアレーザーベースのKrF増幅システムの値を掲載した.300 Hzの繰返しで9 Wの平均出力を持つレーザーシステムが開発されており,これは100 Hz以上の繰返しでは,これまでの所最大のエネルギーを持つフェムト秒KrFレーザーである.

21・3・2 KrFによる超短パルス増幅の問題点

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