高出力ファイバーレーザーへの歩み

高出力ファイバーレーザーへの歩み

 1980年代から90年代にかけて、ファイバーレーザーはもっぱら光通信用の増幅器と考えられ、今のように高出力レーザーの代表選手になるとは誰も想像していなかった。そんなときに1993年に画期的な論文が出たが、今度はCao先生が登場し、Poさんと一緒に、LD励起用に矩形クラッドをもった2重クラッドファイバーレーザーで5Wの出力を出した。Poは300×100μmという矩形クラッドを作った理由を、励起用LDバーとの整合を取るためだとした。当時、単一ストライプLDはせいぜい1W、10W以上の励起パワーを可能にするLDバーは横に長い直線状光源だったからだ。世の中はこの論文にさほど注目しなかったようだが、私にとっては画期的な論文に見えた。5W、横モードシングルの出力は固体レーザーでは困難であったから。その一方、矩形クラッドの利点については、こんなつまらない理由でいいのだろうかという疑問が残った。それでも当時は重力波天文学の重点領域が立ち上がったときで、私自身ファイバーレーザー研究をする余裕はなかった。

高出力ファイバーレーザーへの歩み

 さらに1995年になって、重力波天文学で競争相手になっていたドイツ・LZH(レーザーセンターハノーバー)のTunnerman がファイバーレーザーで9.2Wの出力の論文を出した。彼らが共同研究をしていたFriedrich SchillerUniversity of JenaにあったIPHT(Institute of Physics High Technology)のファイバー線引機で自作したファイバーレーザーで達成したものである。Tunnermanはその後、ファイバーレーザー研究に軸足を移した。毎年LZHを訪問して、周波数安定化レーザーや超高品 質ミラーについて情報交換をしていたが、こんな研究もしているのだとばかりに得意になって教えてくれた。そこで早速、次回の訪問では、Jenaを訪問し、そちらのファイバーレーザーグループと意見交換をした。彼らは小型のファイバー線引機を保有していて、国立研究所らしく、非線形ファイバーなどを作成し、線引途中で紫外線レーザーによるFBGを作ったりしていた。