18・1・1 超短パルスレーザー技術の現状
初めにレーザーにおける超短パルスの呼称の指す範囲についてである.技術分野や時代によって多少の差異はあるが,広義には,おおむね1ナノ秒(1 ns=10-9秒)以下で,エレクトロニクスで操作できる範囲を超えた時間幅のレーザーパルスを指すと考えられる.すなわち発生方法にモード同期を用いるものが中心で,1960年代中期にフラッシュランプでパルス発振させたルビーレーザー1)やNdドープレーザー2)3)においてモード同期がおこなわれたものが嚆矢といえよう.その後,レーザー励起連続発振色素レーザーのモード同期によるサブピコ秒(1~0.1 ps,1 ps=10-12秒以下)からフェムト秒領域(100 fs以下,1 fs=10-15秒)のパルス発生へと短パルス化が進展し,さらにTi:サファイアなどの波長可変固体レーザー(phononterminated laser)による安定で平均出力が1 W級のフェムト秒レーザーや,Ybドープレーザーによるさらに高平均出力のフェムト秒パルスレーザー,ファイバによる小型フェムト秒パルスレーザー,などが開発されて,モード周期は多様かつ長足の進歩を見せている.また,超短パルス光の概念は発生方式で規定されているわけではなく,特に半導体レーザーでは,緩和が早いことと励起(電流)の高速変調が可能であることから,利得の過渡現象を利用した発生方法などでも十分ピコ秒領域(10-10~10-12秒)の超短パルス光が発生されている.
超短パルス光を発生・利用する立場は,大別して時間領域(超高速性)の特長を求めるか,あるいは光エネルギーが短時間に集中することによる高ピーク光強度を求めるかであろう.そのため,極限的な光源性能の追求,すなわちより短いパルスの発生,より高いピーク強度の光の実現は,この分野の大きな目標となってきた.一方で,性能の進歩によってもたらされた新しい条件での光パルス照射下で見出された新しい機能や現象は,次のステップとして普及・実用化が求められ,光源の信頼性・安定性・寿命の向上,コストの低減も技術開発の重要なポイントであった.
また上記いずれの観点においても,光パルスの時間幅とパルスエネルギー以外の品質を向上させること,たとえは,時間的にも空間的にも可干渉性を向上させトランスフォームリミットに近づけることは,比較的目立たないが重要な技術課題であり,これまでのこの分野の進展にも影響を与えている.一例をあげると,高強度のパルスを効率良く発生するには,パルスの発生段階でもできるだけ大きなパルスエネルギーを得るのが近道であり,この分野の研究開発の歴史において,パルス励起レーザーのモード同期やナノ秒パルスレーザーによる直接の超短パルス発生に関してさまざまな試みがなされた.それらの成果は,この分野に有益な知見をもたらす優れたものも多かったが,しかし,高強度のパルスを発生・利用していく過程で,光パルスの可干渉性や波形,波長などの再現性,信頼性の点で,不十分な面があった.そのため現状では,1パルス当りのエネルギーは小さくても,トランスフォームリミテッドのパルスを得やすい連続発振モード同期レーザーをパルスの発生源として,パルスの抜出しと高倍率の増幅をおこなう方式が主流となっている.
なお,本章では超短パルス光技術のうち,モード同期発振器などの発生段階の解説が中心になるので,パルス増幅については21章「大出力レーザー技術」も参照されたい.
18・1・2 光源の特徴と応用の現状
近年よく使用される超短パルスレーザーの特長などを種類別に表18・1に示す.超短パルスレーザー光ではきわめて多様な応用が提案され,特に医療用や光記録などでは大きな発展の可能性もあるが,現状ではその多くは実用化への試験段階と考えられるので,表ではそれらは理科学用に含めて考えた.詳しくは本章の各節,各種レーザーの章およびそれぞれのレーザー応用の章も参照されたい.
用いられるパルスの特性が広範囲にわたることもこの技術の特徴である.たとえば情報通信用途であれば1パルスのエネルギーは小さいもの(pJクラス)を100 GHz以上の繰返しで,計測などの用途であればnJからmJクラスのエネルギー範囲で,なるべく高繰返しで,また高強度の量子科学応用ではシングルショット的な発生でPW(ペタワット)クラスの高ピーク強度を,それぞれ発生させて用いられている.波長域を見ると,超短パルスレーザーの出力の波長変換によって,数nmの軟X線領域から,サブミリ波に相当するパルスTHz発生までが扱われている.
種別にこだわらず応用の観点から見ると,超短パルスレーザーの現状を大きく三つに分類して考えることもできる.
その第一は理科学用レーザーで,超短パルスレーザー装置の最も確立した用途である.波長,パルス幅,パルスエネルギーなど,パルスの特性として最も多様な要求のなされる用途なので,レーザーの種別としても最もさまざまなものが適用される.コスト面での要求は比較的きびしくなく,また,ある程度のメンテナンス負担なども受け入れられて,性能優先で評価されることが多い.たとえば核融合点火用レーザーやさまざまな研究施設において開発され用いられている一品物的なレーザーシステムも,これの一種と考えられる.
第二は,主に産業機器として使われる応用で,当面は,計測と加工が中心と考えられ,現在発展途上のレベルである.超短パルス光の利用が性能上の利点として認められているものであっても,信頼性やメンテナンス,フォトンコストなど,機器としての使い勝手の観点で採用されるかどうかが決まることが多い.近年の固体モード同期レーザーの信頼性向上や高出力用途のファイバレーザーの性能向上は,このレベルでの状況を大いに改善した.
第三は,半導体レーザーやファイバレーザーにおける光情報通信システム中での部品としての応用である.産業的にも社会的に最も意義大きいが,同時に景気動向,情報通信政策など社会状況の影響もより受けやすく,いわゆるITバブルに伴う影響は記憶に新しい.技術面での要求もきびしいが長期的に見れば期待も相変わらず大きい分野である.
超短パルスレーザー応用の全体状況を概観するには,用いられる性能や特性が多様であることから,理科学用の観点がつごうが良い.これらはまた,新しい応用分野や産業的な普及の可能性を考える参考になるであろう.図18・1に,理科学用途を中心に,それからの展開としての超短パルスレーザーの応用領域を概念的に示す.エネルギー分野から標準まで,きわめて多岐にわたることが特徴で,基盤性が強く波及効果は大きいが,焦点が絞りにくく研究開発の進め方がむずかしいともいえる分野である.このような分野の性格から,国際的に見ても大学や公的機関の研究開発活動の貢献が比較的大きい状況である.
18・1・3 応用から見た技術動向
超短パルスレーザーは,専門家がメンテナンスしつつ使用する光学定盤上の理科学用レーザー装置のイメージが強かったが,近年では応用サイドの要請から,多くの改善が進んでいる.いくつか実例をあげつつ整理してみる.
(1) 理科学研究用レーザーにおいては,一般の研究用機器と同レベルの信頼性が望まれる.それに応じて商業ベースの固体モード同期発振器などは,調整などのメンテナンスをおこなわないブラックボックス化しつつある.
(2) 産業用の普及を目指す用途では,機器組込みが可能な寿命や信頼性が求められる.モード同期ファイバレーザーでは,このレベルが実現しつつあり,典型的な例としては,高速の光パルス計測装置において,基準となる内部パルス光源を組み込むようになった事例4)5)が出てきているのが注目される.今後はさらにパルスエネルギーを必要とする2光子顕微鏡や加工機においても,このような高レベルの超短パルスレーザーの組込みをおこなった,いわばレーザーの存在を感じさせない機器が出現してくるものと思われる.
(3) 光情報通信関連では,部品やモジュールとして十分な性能を達成することはもちろん,さらにシステムにおける有効性を示していくことが求められている.現状では,10~40 GBit/sレベルの用途に超短パルスレーザー分野の既存技術成果を適用して効果を出そう,とする指向が目立つが,長期的には160 Gbit/s以上の超高速技術も含めてシステムに貢献できる効果的な技術体系を求めて,情報通信の上位階層の研究分野とのさらに
強い連携のもとに研究開発が進められるようになるであろう.
18・1・4 超短パルスレーザー技術の将来動向
超短パルス光を発生する各種レーザーや個別技術におけるそれぞれの動向は各節に詳しいので,ここでは,それらではカバーしにくい共通基盤的な将来技術として,最近の研究動向の2点を解説したい.
一つは,加速器との協調動作の実施例である.これは超短パルスレーザーの利用形態として他分野の技術との密接な連携を求められる実例であり,また現時点では専ら理科学用途が想定されて研究が進められているものであるが,将来にわたって超短パルスレーザーの技術が広く普及するうえでも参考になると考える.いま一つは,現在のモード同期中心の発生の限界を超えようとする試みとしての,多波長光の合成に基づくパルス発生法の研究である.
産業技術的な動向として超短パルスレーザー装置においては機器組込みなどの形態が増え,多様な技術分野との協調が求められているが,より基盤的な極限的性能を追求する用途においても,異なる技術分野との連携は必要性を増しており,特にエレクトロニクスやメカトロニクスとの融合は将来的にも効果が大きいと考えられる.
近年,報告のある電子線加速器との同期動作は,用法の想定されている典型的な具体例と考える.これらは加速された電子線パルスとレーザーパルスの衝突におけるコンプトン散乱を利用した超短X線パルスの発生装置6)7)であり,超短パルスレーザーを用いることで,ほかの方法では得られない超短パルスの高エネルギー光子を発生することができる.
図18・2に,産業計測用途への展開を目指して開発されたプロトタイプ8)を示す.ここでは電子線パルス源に用いる紫外ピコ秒レーザー,コンプトン散乱に用いるフェムト秒高強度レーザー,マイクロ波でドライブされる電子線加速器が精密な時間同期のもとで動作し,フェムト秒のX線パルスを発生している.
加速器は,レーザーに次いで短いパルスを扱うことのできる技術分野で,研究の長い歴史もあり9),レーザーとの併用動作は興味深い技術であったが,近年さらに電子線加速器による短波長光発生の分野でも,高輝度な超短パルスX線レーザーの計画が発表されており10)~12),超短パルスレーサーとの連携は今後ますます発展するものと思われる.
一般にレーザー光はコヒーレントな電磁波であることが特長であるが,特に超短パルス光においては,1回のサイクル中でも電磁界の波形を考えるにたるエネルギーが存在している.また,最近の高次高調波やイオン化にかかわる研究では,物質との相互作用においても光子描像や半古典論より古典的な電磁波の描像がむしろ有効な場合があることが明らかになってきた13).このような背景もあり,超短光パルスの発生においても,複数の異な
る波長の光パルスをコヒーレントな電磁波として合成して,モード同期レーザーやその圧縮の制限を超えて,より自由に電界波形を合成する方法が興味を持たれている14).
具体的には近年,i)分子の振動回転遷移による波長変換(ラマン光発生)を光変調器とみなして,変調によって発生した多波長光を合成する方法,ii)光強度波形で決まるパルスタイミングと,光波の振動位相をそれぞれコントロールした複数のパルスレーザー光源をもとに,合成をおこなう方法の研究が進められている.
分子による波長変換光を利用して超短光パルスを合成する方法を最初に具体的に検討し提案した報告はKaplanによって1994年になされた15).よく知られているように,高強度の超短パルス光を気体水素分子の気体に集光すると,周波数ωの入射光は,分子振動(回転)にコヒーレントに誘起される分極Ωを介して,ω=ω0+nΩ(nは整数)の多数のラマン光にカスケードに変換されて放出される.これらの光波を合成すれは,きわめて短い光領域のパルスを発生することができるという発想は魅力的なものであったが,変換光の空間的な分布や,変調をパルス発生に十分な品質でおこなうことができるか,など解決すべき課題は多かった.詳細にはここでは立ち入らないが,多くの研究者のパルス合成に向けたラマン光の理論的・実験的研究16)~19)を経て,近年はパルス合成に関しての実験的な報告がなされてきた.
ここではパルス光源の観点から重要と思われるもの2件をあげる.一つは,Max-Born Inst.によるフェムト秒超短パルスを用いたもの20)で,広帯域な第一パルスによりインパルス的にラマンコヒーレンスを分子に誘起し,適当な遅延のもとに入射した第二パルスを変調して,変調光を含めて第二パルスから合成されたパルス波形の観測をおこなっている.いま一つは,スタンフォード大学GinztonLabによるもの21)22)で,狭帯域なナノ秒パルス2波長を2台のレーザーで発生し,水素の振動遷移に対して最適な非同調条件で入射して,入射光も含めた複数波長光の出力パルス合成を観測している.後者の方法の場合,きわめて狭いパルス幅が期待されるが,約5.8 fs間隔のパルス列がナノ秒の間続くため標準的な方法でのパルス計測はむずかしく,多波長光相互の可干渉性を非線形混合を用いて観測している.
2台の波長の異なるレーザーの出力光を重ね合わせれば,その差周波数に相当する強度ビートが生じるのは周知の事実である.この発想をもとに周波数純度のきわめて高い複数レーザーを合成し,超短パルス発生しようとする具体的な検討と提案はHanschによって1990に報告された23).さらに霜田は,光の波長変換と光フィードバックによって互いに可干渉性のある複数波長光(分数周波数光)を発生する方式を提案し,パルス合成も検討した24).
これらの研究は,精密な光周波数標準を求める指向からの提案であるため,出力は繰返しが光周波数レベルの連続パルス列で,各パルスのエネルギーがきわめて小さくなってしまう難があるが,同様の発想を連続モード同期レーザーに適用すれば,時間領域の応用も可能な超短パルス光発生の可能性がある.このような発生法の概念を図18・4に示す.このスキームの実現には光波位相のレベルで互いの時間変化の固定されている複数光パルスが必要なため,きわめて低雑音なパルス光源が必要であるが,近年のモード同期方式の発展や半導体レーザー励起の進歩に伴い実験的研究も具体化しつつある.
タイミングや位相がきわめて精密にコントロールされたモード同期レーザーは,光周波数標準の分野における周波数領域の安定化技術とも密接にかかわる.そのため時間領域と周波数領域の研究が並行して進展しているのが現状で,関連して19章も参照されたい.ここでは時間領域から見て重要な最近の発展の数件にふれる.
図18・4のスキームを実現するうえで,光パルス内の光波振動の位相が各パルスでコントロールされた状況を実現することは第一に重要である.多くの線形および非線形分光学や光応用では光パルスの強度波形情報が使われており,また干渉を利用した計測でも同一光源からの光の相対的な位相遅れを利用しているもので,パルスの強度波形と電界振動の位相関係は長い間あまり顧みられることはなかった.実際に一般のモード同期レーザーでは,この位相関係(carrier-envelope phase:CEP)は,共振器内の位相速度と群速度の違いを反映して1ラウンドトリップごとに高速で変化しており,またラウンドトリップ当りの変化量もさまざまな擾乱で変動するので,実質的にランダムな値となっている.このCEPのコントロールは,米国JILAより2000年に初めて報告された25).また,2台のレーザーのパルスの発生タイミングも,同一種類(Ti:サファイア)のレーザーどうしではピエゾ素子で共振器長を制御してパルスタイミングをコントロールする能動的な方法でパルス幅に対して十分な精度で同期が実現しており,2波長光合成の実証実験もおこなわれている26).
超短パルス発生の観点から重要な,大きく異なる波長のパルスどうしでは,パルスタイミンクを受動的に同期する方法を利用した研究が先行している.現在,2種類のモード同期レーザー(Ti:サファイア,Cr:フォルステライト)を受動的にタイミング同期した2波長のパルス27),およびフェムト秒パルスパラメトリック発振器からの多波長光パルスにおいて相対的なCEP値の制御が報告されており,特に後者では,長時間可干渉性を維持することも可能になっている28).
これらの技術はいまだ研究段階ではあるが,レーザー直接では得られない超広帯域な光被を扱うことができ,従来の限界を大きく広げられる可能性のある点で期待され,今後の展開が注目される.