28・4・1 飽和分光
非線形分光法は,レーザーの単色性,高輝度性を有効に利用するものとしてレーザーが生まれた当初,1960年代から多くの研究がされており,理論,実験ともにとてもよく整備されている分野であり,多くの優れた教科書で詳しく扱われている77)~79).
たとえば,シングルモードのレーザーで気体の原子や分子の遷移に伴う吸収を観測するとき,レーザーの強度を強くしていくと光ポンピングのためにレーザーを吸収している準位の原子(分子)数が減少し吸収が飽和する.このように吸収の飽和現象を利用して,通常ドップラー広がりの中に埋もれた個別の遷移の情報を分解能良く取り出す分光法が飽和分光である.吸収の飽和を理解するために,図28・11にレーザーと相互作用する2準位レベルのモデルを考える.これをもとにレート方程式を書き下し,その定常解を求めると,2準位の分布の差ΔNについて下記のように示せる77).
ここで,ΔN0はレーザーがないとき(p=0)の反転分布,B12ρは単位体積,原子・分子当り毎秒光子が吸収(放出)される割合,γiNi,Ciは図に示すように単位体穏当り両準位からの緩和,および両準位への再分布の率を表す.Sは飽和パラメータと呼ばれ,上式の比較から次のように書ける.
この式から飽和現象がレーザーによる誘導過程(B12ρ)と原子・分子の緩和(γ*)のバランスで起こることがわかる.
たとえば,気体分子(たとえば,ヨウ素分子)の可視や赤外の遷移の飽和分光を考える.不均一中高であるドップラー幅はおおよそ遷移周波数(たとえば500 THz)の6桁落ち程度の大きさ(500 MHz)を持つ.一方,ヨウ素分子の超微細構造の間隔は数十MHzで,通常のドップラー分光ではそのようすを調べることはできない.飽和分光法を用いると均一幅(衝突幅など)までの分解能が得られる.ヨウ素分子の場合,セルの温度を下げ飽和蒸気圧を下げることで衝突幅は数百kHzにできるので,飽和吸収を用いることで,およそ1000倍の高分解能が得られる.
このような高分解能分光を実現する系として試料を通過したレーザービームを反射鏡などで折り返し,ほぼ等しい強度の二つの対向するビームと気体分子などが相互作用するようにした実験装置を考える.レーザーの周波数ωが遷移周波数ω0と一致していないときは,二つのビームは,ドップラー広がりの原因となる速度分布を持つ分子のうち,それぞれ別の速度集団と相互作用するが,レーザーの周波数が遷移周波数と一致したときは閉じ集団(レーザービームの軸方向の速度成分が0の集団)と相互作用するために飽和がより強く起こる.このため,結果として遷移周波数の中心において,均一幅の範囲で吸収が減少するのが観測される.この現象を初めて詳しく研究したラムにちなんていラムくぼみ(Lamb dip)という.詳しい計算によるとそのスペクトルは次のように表される77)80).
ここで,レーザーの強度は弱い(遷移の中心での飽和パラメータ S0<<1)と仮定している.例にあげたような場合,ドップラー幅は均一幅yの100~1000倍になるので,ガウス型をしたドップラー幅のスペクトルα0(ω)の中心付近に,ローレンツ型をした吸収の飽和現象を表すくぼみが現れることになる.図28・12に飽和吸収スペクトルの例を示す.
この分光法の応用例として,得られた原子・分子の鋭い共鳴線にレーザーの周波数を安定化した光周波数(波長)標準をあげることができる.干渉計を用いた高精度長さ測定の基準として産業界でも利用されているヨウ素安定化He-Neレーザー(波長633 nm)は,ヨウ素分子の超微細構造のラムくぼみを利用して安定化している装置で,5×10-11の相対不確かさを持っている.市販品もある.
28・4・2 2光子吸収分光
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