前節で解説されたレーザー光と物質の各種の相互作用を利用して,大気等の測定対象の物理量を測定する様々なライダー(LIDAR)方式がある2)~9).ここでは,観測研究等に実際に利用されているものを中心に各種ライダー(LIDAR)方式を概説する.
27・2・1 幾何光学的散乱を利用するライダー(LIDAR)
測距,散乱体(反射体)の特性評価や航空機等からの地形測定や浅い水域の水深測定等に,樹木の高さの測定などに用いられる.原理は送信レーザーの往復時間の測定である.
視野内の複数の散乱体や分布を捉えるためにひとつの送信パルスに対して複数の受信パルスを測定する方法や反射光の波形を記録する方法も用いられる.さらに散乱体の蛍光を用いて,たとえば植物の活性度などを測定する手法もある.
27・2・2 ミー散乱ライダー(LIDAR)(ミーライダー)
大気中の浮遊粒子状物質(エアロゾル)の分布やその分布特性を利用した大気構造(大気境界層など)の測定に用いられる.通常,パルスレーザーを用いて散乱光の波形を記録して距離分解能を得る.ライダー(LIDAR)信号を表すライダー(LIDAR)方程式には後方散乱係数と消散係数の2つの未知数が含まれるため,厳密には解くことができない.そこで,消散係数等の解析にはライダー(LIDAR)比(消散係数対後方散乱係数比)を仮定したインバージョン法が用いられる10)11).
本来,ミー散乱は球形粒子に対するものであるが,実際の大気中のエアロゾルには黄砂のような鉱物性エアロゾルなど非球形の粒子も多く含まれる.非球形粒子の散乱では散乱により偏光特性が変化する.受信光の偏光の変化(偏光解消度)を測定することによって,例えば黄砂などの非球形粒子を判別することができる12).ミー散乱ライダー(LIDAR)は比較的低出力のレーザーで高感度の測定が可能である.大気環境の連続観測を目的とする小型の装置や12),パルスエネルギーがマイクロジュール程度の連続波励起のQスイッチレーザーを用いた目に対する安全性の高い装置13)などが開発されている.
27・2・3 レイリー散乱ライダー(LIDAR)(レイリーライダー)
レイリー散乱ライダー(LIDAR)は大気構成分子によるレイリー散乱を用いて大気密度,気温のプロファイルを測定する手法である14).気温の導出には気体の状態方程式と静水圧の式が用いられる.
通常のライダー(LIDAR)では大気のミー散乱およびレイリー散乱が同時に受信されるため,エアロゾルによるミー散乱が無視できない高度30 km程度以下ではこの手法で精度良く気温を導出することはむずかしい.
27・2・4 高スペクトル分解ライダー(LIDAR)
大気散乱のスペクトルを高分解能で測定すると幅の狭いミー散乱と幅の広いレイリー散乱成分を分離することができる.この線幅の違いは大気構成分子が音速程度の早さで運動しているのに対して,エアロゾルの運動は風速程度であることによる.高スペクトル分解ライダー(LIDAR)は,エタロンや原子の吸収線を利用したフィルターなどの高分解能の分光素子を用いて,ミー散乱とレイリー散乱を分離して測定する手法である.これによって,エアロゾルの消散係数と後方散乱係数を独立に導出することができる.すなわち,ライダー(LIDAR)比のプロファイルが得られる15).
当初,高スペクトル分解ライダー(LIDAR)は,レイリー散乱(レイリー・ブリルアン散乱)のスペクトル形状の温度依存性を利用して気温を測定する手法として提案された16).しかし,これまでのところ気温測定への応用例は多くない.
27・2・5 ラマン散乱ライダー(LIDAR)(ラマンライダー)
ラマン散乱ライダー(LIDAR)は水蒸気分布の測定や気温の測定の有効な手法である.気温の測定では,窒素分子などの振動ラマン散乱を用いて大気密度を測定し,レイリー散乱ライダー(LIDAR)と同様の解析により気温を求める方法と,回転ラマン散乱のスペクトルの強度分布から気温を求める方法がある.ラマンライダー(LIDAR)装置では,微弱なラマン散乱光を昼間の太陽光による背景光を除去し,また,ミー散乱,レイリー散乱と分離して測定するための分光システムの設計が重要である.現在,対流圏上部までの水蒸気と気温の高度プロファイルの昼間の測定が実現している17).
また,大気構成分子のラマン散乱信号を用いて,高スペクトル分解ライダー(LIDAR)と同様にエアロゾルの消散係数,ライダー(LIDAR)比のプロファイル精密に求めることができる18).ラマン散乱は散乱断面積が小さいため,高出力のレーザーを必要とするが,高スペクトル分解ライダー(LIDAR)と比べて装置の構成が簡単である.また,多波長におけるエアロゾルの測定と水蒸気の測定を同時に行うことも可能である.
その他,紫外レーザーの大気構成分子によるラマン散乱光が大気汚染気体により受ける吸収を利用する差分吸収ラマンライダー(LIDAR)によるNO2,SO2,オゾンなど各種の大気汚染分子を測定が報告されている19).
27・2・6 共鳴散乱,共鳴蛍光ライダー(LIDAR),ボルツマンライダー(LIDAR)
共鳴散乱,共鳴蛍光はレーザー光の波長が分子あるいは原子の吸収線波長と一致する場合に観測される.これらは現象として似ているが,前者は2光子過程で後者は二つの一光子過程が連続して起るものである.
共鳴散乱ライダー(LIDAR)は高度100 km付近の中間圏の金属原子層の観測手法として有効である20).レーザー波長を原子の吸収線に同調する必要があるため,YAGレーザーやエキシマーレーザーで励起した色素レーザーなどが用いられる.波長は,NA,K,Ca+,Feの場合,それぞれ,589.0 nm,769.9 nm,393.4 nm,372.0 nmである21).また,共鳴散乱(蛍光)のドップラー幅を利用して気温を測定する手法22)や,ドップラーシフトを利用して風速を測定する手法,も開発されている.この他,Fe原子の基底状態の熱分布を利用して気温を測定するボルツマンライダー(LIDAR)がある23).
27・2・7 ドップラー・ライダー(LIDAR)
風に乗って運動する散乱体からの散乱光の周波数のドップラーシフトを測定することによって風向風速を測定するライダー(LIDAR)手法である24).ヘテロダイン検波を用いて周波数シフトを測定する方法はコヒーレント方式と呼ばれ,エタロンなどを使って周波数シフトを測定する方法はインコヒーレント方式と呼ばれる.対流圏の風の測定では主にコヒーレント方式が用いられる.成層圏の風の測定では,散乱がスペクトル幅の広いレイリー散乱で,レーザー波長も短いため,インコヒーレント方式が用いられる.
コヒーレント方式では,従来,炭酸ガスレーザー(10 μm)が用いられてきたが,最近は2 μm帯の固体レーザーを用いたシステムの開発が盛んに行われている.波長が短いほどミー散乱の後方散乱係数が大きい利点があるが,大気の揺らぎの影響を受けやすい欠点もある.
インコヒーレント方式では,エタロンを用いてドップラーシフトを測定する方法25)26)や,鋭いスペクトルの立ち上がりを持つエッジフィルターのエッジを用いてシフトを検出する方法27)がある.
27・2・8 差分吸収ライダー(LIDAR)(DIAL)
差分吸収ライダー(LIDAR)(DIAL:differential absorption lidar)は気体成分の測定手法である.エアロゾルや大気構成分子による散乱とレーザー光が散乱される場所までを往復する間に受ける測定対象分子の吸収の両方を利用する.測定では測定対象の吸収の大きな波長と吸収の小さい波長の2波長を用いる.吸収の大きな波長のライダー(LIDAR)信号は吸収の小さな波長に比べて減衰が大きく,この2波長の信号の違いを解析することによって測定対象分子の濃度分布が求められる24).近接する2波長の信号の比を取ることによって,エアロゾルの散乱などの未知のパラメータは打ち消される.
DIALはオゾンや水蒸気などの大気微量成分や大気汚染気体の濃度分布の測定に有効である.DIALでは,測定対象分子の適当な強さの吸収線があること,測定対象以外の大気構成分子の吸収が小さいこと,また,大気から十分な後方散乱光が得られることが測定の条件となる.色素レーザーなどの波長可変レーザーや,炭酸ガスレーザーなどの発振線と測定対象分子の吸収線の一致を利用して様々な測定の可能性が研究されてきた.紫外レーザーを用いた成層圏オゾンの測定はDIALの非常に有効な応用例のひとつである29)30).
近年,周期構造を持たせた非線形光学素子を用いた光パラメトリック発振器(OPO),光パラメトリックジェネレーター(OPG),光パラメトリック増幅器(OPA)や量子カスケードレーザーのような高出力の半導体レーザーの登場により応用の新たな展開が期待されている.DIALの測定感度の限界は,ひとつには微弱な大気散乱を測定に用いる点にある.そこで,空間分解能は得られないが,ハードターゲット等を利用して長光路吸収測定を行なうことによって高い測定感度を得る長光路吸収ライダー(LIDAR)や人工衛星に検出器を搭載する方法31)などもある.炭酸ガス等の温暖化ガスのグローバルな測定のための人工衛星搭載DIALあるいは長行路吸収ライダー(LIDAR)の開発は現在の話題のひとつである.
「ライダー(LIDAR)」の評価装置
「ライダー(LIDAR)」のメーカー
ご参考:
(株)光響が提供する製品情報:
・ビームプロファイラ(日本語Webサイト)
・Beam profiler(English Web site)