真空中や超純水中に存在する微量物質を検出することは,それほど困難ではない.最近では,レーザーを光源として用いる蛍光法や多光子イオン化法により,単一原子,分子を測定することも可能になっている.しかし,実際の分析においては,多量の夾雑物質が存在するので,それらの影響を除く必要がある.一方,最近の分析では,目的とする試料の濃度がpptレベルと極めて低くなっており,高感度な計測手段が求められている.すなわち,選択性と感度が同時に要求されている.

高感度計測手段としてよく知られているレーザー誘起蛍光法は,単純かつ有効な分析法であるが,スペクトルから試料物質を直ちに同定することは困難である.これに対してレーザー多光子イオン化分析法は,質量分析法と組み合わせることにより,求められた質量数から試料分子を推定することができる.必要な場合には,フラグメント化を行い,試料分子の構造を調べることも可能である.通常の質量分析法では,イオン化手段として,電子衝撃法が用いられることが多い.この方法は,イオン化過程において選択性がなく,妨害物質の影響が大きい場合には,試料分子を正しく分析することが困難になる.これに対して,多光子イオン化法の場合には,選択的なイオン化が可能になる.図26・34に示すように,最初の1光子のエネルギーが励起準位に一致するときには,引き続き1光子を吸収して,合計のエネルギーがイオン化ポテンシャルを越えることがある.このとき,試料分子は電子を放出してイオンとなるため,質量分析がおこなえる.一方,妨害分子は,光のエネルギーが励起準位に一致しないので,励起されずイオンも生じない.このように,多光子イオン化法は,通常の電子衝撃法より,高い選択的を有している.

図26・34

26・9・1 レーザーの短パルス化によるイオン化効率の改善

試料分子を高感度に分析するには,イオン化効率をできるだけ高くする必要がある.一般に,光強度を大きくすると,イオン化効率は向上する.すなわち,光強度が小さい場合には,イオン信号強度は光強度の2乗あるいは3乗などのべき乗で増大する.光強度が増大すると,イオン信号強度は飽和する傾向を示す.さらに光強度が増大すると,試料分子の解離が起こる.このため分子イオンの割合は減少し,フラグメントイオンの割合が増大する.これは,分子イオンを計測して試料分子の分子量を求めようとする場合には,好ましくない.したがって,イオン化においては,最適な光強度が存在する.

最適な光強度は,試料分子の励起寿命にも依存する.たとえば,分子内に塩素原子を多数含むダイオキシンのような分子は,スピン軌道相互作用により,短い励起寿命を持っている.このような場合にナノ秒レーザーを用いると,イオン化効率が低下する.すなわち,図26・35に示すように,試料分子は系間交差により三重項に遷移するので,励起一重項から1光子を吸収してイオン化する割合が小さくなる.これに対して,フェムト秒レーザーのような短パルス光源を用いると,試料分子は三重項に緩和する前に1光子を吸収するので,高いイオン化効率を与える.図26・36は,トリクロロベンゼンの質量スペクトルに及ぼすレーザーパルス幅の影響を測定した結果である116).励起光のパルス幅を15 nsとした場合には,イオン信号はほとんど観測されていない.これに対して,500 fsの光パルスでは,分子イオンが明瞭に観測されている.さらに,150 fsまで光パルスを短縮すると,分子イオンのみが強く観測されるようになる.このように,レーザーのパルス幅を短くすることにより,イオン化効率を飛躍的に改善すると共に,分子イオンを明瞭に検出できるようになる.このような傾向は,ニトロ化合物のように励起寿命が短い他の分子の場合にも顕著に見られる.

図26・35

図26・36

26・9・2 鋭い吸収線を用いるときのイオン化効率

無料ユーザー登録

続きを読むにはユーザー登録が必要です。
登録することで3000以上ある記事全てを無料でご覧頂けます。
ログインパスワードをメールにてお送りします。 間違ったメールアドレスで登録された場合は、改めてご登録していただくかお問い合わせフォームよりお問い合わせください。

既存ユーザのログイン
   
新規ユーザー登録
*必須項目