結晶格子はそれを構成している原子が復元力を持つばね(原子間の化学結合)で連結されたモデル59)でよく表される.有限温度において,原子はさまざまな振動数で平衡位置の周りで振動している.これらの格子振動(そのエネルギーは量子化されておりフォノンと呼ばれる)は,たとえば半導体で光励起された電子や正孔が平衡状態に緩和する際にも生成されるが,その振動の位相が相互にまったくランダムで,インコヒーレントフォノンと呼ばれるものである.これに対し,超短パルスレーザー光を物質に照射すると瞬時に位相のそろったフォノン集団が生成される.超短パルスレーザー光照射によって生成される位相のそろったフォノン集団はコヒーレントフォノンと呼ばれており,物性物理学の先端的テーマの一つとして近年盛んに研究がおこなわれている60)61)

従来のフォノン計測には主にラマン散乱分光法が用いられてきた.ラマン散乱とは,入射光としてある単色光を物質に照射したとき入射光がフォノンと相互作用することで,フォノンエネルギーだけずれた入射光とは異なるエネルギーを持つ光がある方向に散乱される現象である.この分光法では入射光と散乱光との間のエネルギー差の関数としてラマン散乱信号を検出するため,振動数領域の分光法に分類できる.またラマン散乱分光法に代表される従来のフォノン分光法によってフォノンを観測する際その測定時間は,主にテラヘルツ(THz)領域(1012 Hz)である光学フォノンの振動数にくらべて十分長い.たとえばGaAsの縦光学(LO)フォノンの振動周期は110 fsと非常に短い(エネルギー~37 meV).そのため,得られる物理情報はフォノンの状態の時間平均に関係したものである.もしフォノンの振動周期より短いパルス幅のレーザーを用いれば,その振動を直接観測することができ,フォノン振動を時間の関数として得ることができる.以下では主に半導体や誘電体におけるコヒーレントな光学フォノンの発生についてふれ,さらにその計測法について述べる.

26・4・1 コヒーレントフォノンの発生

結晶に光を照射した場合,もしその物質が光を吸収することができれば,電子や正孔などのキャリヤが生成されるとともに照射領域の温度が上昇し局所的に熱膨張する.光吸収がない場合でも誘電分極のゆらぎが光と相互作用することにより,物質中に弾性ひずみを生じさせる(光弾性結合62)).この熱的結合や光弾性結合により,光と結合した弾性ひずみという外力は光電場の1乗もしくは2乗に比例し,原子を平衡位置から変位させる.このような外力を,目的とするフォノンの振動周期より十分短い光パルスで結晶に与えてやる(瞬間励起)と,コヒーレントフォノンを発生させることができる.

コヒーレントフォノンは分子性結晶中における音響フォノンモードで最初に測定された62)~64).その後,超短パルスレーザーの普及とともに,誘電体における光学フォノンなどのより高い振動数のモードもコヒーレントフォノンとして測定できるようになった.初期のコヒーレントフォノン研究では可視・近赤外域で透明(吸収がない)な物質が多く,そこでのコヒーレントフォノン生成機構として瞬間誘導ラマン散乱(ブリュアン散乱)(impulsive stimulated Raman(Brilouin) scattering:ISRS(ISBS))機構65)~67)というモテルが提唱された.このISRS機構は,平衡点で静止していた原子が,光照射によって瞬時にその平衡点を中心として振動を開始するモデルであり,現在でも透明媒質中でのコヒーレントフォノンの生成機構として広く認められている.またレーザー光に対して不透明すなわち電子などのキャリヤが生成される物質では,まず半金属中の光学フォノンが測定された68).そこでは光生成キャリヤによって生じる原子の平衡点のずれが半金属中でのコヒーレントフォノンを生成させるというモデル59)が提唱され,変位励起(displacive excitation of coherent phonon:DECP)機織と呼ばれている.1990年代にGaAs結晶中のコヒーレント縦光学(LO)フォノンに関する最初の報告がなされた69).その後,LOフォノンとプラズモンとが結合したモード70)や半導体超格子における折返し縦音響フォノン71)なども観測され,生成機構72)が議論されている.バルクGaAsなどの化合物半導体の表面には,表面欠陥に起因する電場によるポテンシャル湾曲が存在し,この表面電場を光生成キャリヤが遮へいすることによってコヒーレン卜LOフォノンが生成されるというモデル69)73)が提唱され,表面電界遮へい(instantaneous screening of surface potential bending:ISSPB)機構と呼ばれている.GaAs系量子構造(量子井戸・超格子)ではISSPBとは異なるフォノン発生機構も提案されている74)

26・4・2 主な測定法

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