最も基本的な分光方法は光を物質に照射し,その透過光や散乱光の強度を波長の関数として記録することであろう.その時得られるスペクトルの分解能,検出感度はレーザーを光源とすることにより飛躍的に改善される.このため,レーザー分光法は原子分子の精密なエネルギー準位の決定,反応中間体や微量成分の高感度検出,長さや時間の標準の分野で盛んに用いられている.
ここでは高感度高分解能分光を目的としたレーザーおよびレーザー分光法の特徴を述べる.ここで取り上げるレーザーはこの分野の研究で使われる光強度の小さなCWレーザーに限定する.
最近10年程の間,光技術,特に半導体レーザーの進歩により制御性の高い光源が赤外から近紫外の広い波長領域で入手できるようになった.現在は価格や使いやすさを度外視すれば,光源の制約をほとんど受けずにレーザー分光法を適用できる.なお,2000年頃までのレーザー分光関係の研究は英文文献1)に論文リストとともにまとめられている.邦文の解説書2)~4)もある.
28・1・1 レーザー光の特徴
[1] 単色性
赤外線から可視域の光は数十から数百 THzの周波数νをもつ.これに対し,気体レーザーは100 kHz以下程度の狭い線幅を持つ.半導体レーザーは単体では数十から数百 MHz,外部共振器や特殊な電極や構造を備えると100 kHz以下の線幅が得られる.固体レーザーのYAGレーザーでは増幅媒質自身をモノリシックなレーザー共振器として使い線幅1 kHz以下を得ている.色素レーザーやチタンサファイアレーザーは通常数十GHz の線幅をもつが,レーザー共振器中にエタロン等を挿入して数十MHz程度にまで狭めることができる.つまり,レーザーは相対的にの単色性を持つ.
線幅をさらに狭窄化するためにはフィネスの高いファブリ・ペロー共振器の共振周波数にレーザー周波数を安定化する5).高速な周波数制御が可能な半導体レーザーやチタンサファイアレーザーのスペクトル幅は10 kHz以下になる.気体レーザーのHe-Neレーザーの線幅を50 mHzにまで狭めた報告もある.
[2] 同調性
気体レーザーは同調可能範囲が非常に狭く,程度しかない.このため分光用光源として大きな欠点となっている.半導体レーザーは回折格子の外部共振器をつけると以上の非常に広い同調範囲が得られる.固体レーザーも同調範囲は広いが,なかでもチタンサファイアレーザーはまで達する.
非線形光学結晶を使うとレーザーでは発生しにくい波長の光が得られる.たとえば,波長の異なる2本のレーザー光をリチウムナイオベート結晶に集光し差周波発生を行うと波長2.8~4.3 μmの中赤外光が得られる.最近は,擬似位相整合と光導波路の技術が進歩し,位相整合に煩わされずに大きな光パワーを得られる.また,非線形光学結晶を光共振器中に配置した光パラメトリック発振器(OPO)は線幅が数十kHzと狭く,出力も10~1000 mWと大きく,しかも600~4000 nmと広い波長同調域を持つ.しかし,光学調整が難しく連続波長掃引が困難である.
[3] 指向性
レーザー光は光共振器の固有モードとして発生するためその伝搬はガウス光学理論でよく記述される.(3章 「共振器とモード」参照)レーザーは高次の横モードでも発振するが,最も指向性が高いのは最低次横モードのガウスビームである.その広がり角Δθは回折限界で決まり,ビーム径wと波長λによりで与えられ,その値は10-3程度となる.
光線を長距離伝搬させる必要がある長光路セルや,複数のビームを空間的に配列させる飽和分光法,ラムゼー共鳴法,原子干渉計,レーザー冷却では指向性の高い光源が必須である.
28・1・2 レーザー分光法の特徴
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