ナノ構造をレーザーで計測(観察)することは,光の波長で決まる回折限界を超える手法にほかならず,超解像法(superresolution)とも呼ばれる.超解像の手法としては,大きく分けて,近接場光学(near-field optics),非線形光学効果(nonlinear optical effects),数学的手法を利用したものの3つに分けることができる24).本節では,その中でも,レーザー技術の発展とともに開発が進んできた近接場光学顕微鏡(near-field scanning optical microscope)と非線形光学顕微鏡(nonlinear optical microscope)について述べる.

26・2・1 近接場光学顕微鏡による超解像

光の波長に比べ,小さい開口に光を入射すると,開口の射出側に定在波がしみ出す(図26・4).この光の場をエバネッセント場(evanescent field)と呼ぶ.そのしみ出し長および横方向の広がりは開口程度のサイズであり,光の波長より小さい25).この範囲に試料物体が存在すると,エバネッセント場は散乱され,散乱光の強度,位相などは,試料の波長より小さい領域の物質情報を反映している.

図26・4

エバネッセント場は,微小開口に限らず,先鋭化された光ファイバの先端,微細金属プローブ先端,微小金属球(図26・5)の周辺にも局在化される26).図26・5の(a)~(c)をそれぞれ走査プローブとして,ナノメートル分解能をもつ近接場光学顕微鏡を構成することができる.この場合,光学顕微鏡の空間分解能は,光の波長に依存せず,それぞれのプローブの大きさに依存する.そのため,数十nm以下の高い空間分解能もつ光学顕微鏡を実現できる27)

図26・5

図26・6に,近接場光学顕微鏡の構成の一例を示す.試料は下方より照明され,金属プローブ先端には,数十倍に増強されたエバネッセント場が生じる.この局在化したエバネッセント場により生じる試料の蛍光,試料からのラマン散乱光などをナノメートル分解能で取り出すことが可能である28).このとき,エバネッセント場以外の伝搬光によって生じる蛍光(またはラマン散乱光)は,ナノメートルの空間分解能を持たないため,取り除く必要がある.そのため,プローブを上下振動させるロックイン検出法が有効である.近年は,S/N比の有利さから,金属プローブを用いる近接場顕微鏡の研究開発が多くおこなわれている.

図26・6

近接場光学顕微鏡の構成は,図26・6に示した様に,AFMやSTM等のプローブ顕微鏡と共通点が多い.AFMやSTMは試料の表面形状を主に測定するが,それに加えて,近接場光学顕微鏡は,蛍光,ラマン散乱等,試料の光学情報を得ることができる.これは近接場光学顕微鏡のみが有する特徴である.近年では,この特徴を生かして,単一分子の蛍光検出や量子デバイスからのフォトルミネッセンス計測など,ナノ分光計測がおこなわれるようになった.

このようなナノ分光計測分野において,近年のレーザー技術の発展に最も影響を受けた技術としては,分子振動を直接検出する振動分光法と近接場光学の融合が挙げられる29).分子振動の振動数は赤外光領域にあるため,従来の振動分光の光源としては,黒体輻射であるグローバ光源等の熱源が用いられてきた.しかしながら,その発光輝度の低さや発光面積の広さから,熱源を近接場光学顕微鏡の光源に用いるのは困難であった.最近のレーザー技術の発展に伴い,赤外域においても波長を広範囲に選択できるレーザーが開発され,近接場振動分光測定の利用範囲が大きく広がった.たとえば,モード同期Ti:サファイアレーザーを種光としたパラメトリック増幅器や,赤外自由電子レーザーは,近接場光学顕微鏡の光源としての条件を満たす高コヒーレンスかつ高強度の赤外光を提供する.

26.2.2 非線形光学顕微鏡による超解像

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