レーザーを光源として気体原子・分子の線形分光をおこなう方法には,大別して固定周波数レーザーを用いる方法と周波数可変レーザーを用いる方法とがある.いずれの方法もプリズムや回折格子などの分散系を用いずに,気体原子・分子の吸収線をドップラー幅で決まる精度(吸収線の周波数のおよそ10-7倍)で測定することができる.以下,それぞれの方法について,いくつかの代表的な例を示す.
28・2・1 固定周波数レーザーを用いた分光法
分光用光源として固定周波数レーザーを用いる場合,ほかの周波数可変の光と混合して光源を周波数可変にするか,光源は固定周波数のまま原子・分子の吸収線の位置のほうをなんらかの方法で移動させて,レーザー光と共鳴させるか,という方法をとる.前者については次項で扱い,ここでは後者の方法について解説する.
吸収線の位置を変化させる分光方法としては,電場によるエネルギー準位の分裂と移動(シュタルク効果)を利用したレーザーシュタルク分光法6)7),と磁場によるゼーマン効果を利用したレーザー磁気共鳴8)9)がよく知られている.使用されるレーザーの条件としては,発振線の周波数が精度良くわかっていること,発振線の本数が多いことが重要で,たとえばCO2(9~10 μm)10),N2O(10 μm)11),CO(5~7 μm)12)などの分子レーザーがよく利用される.分子レーザーはレーザー光自体の雑音が少ないため高感度の測定ができるが,特にレーザー磁気共鳴では普通レーザー共振器中に吸収セルを置くので,感度がきわめて高く,化学反応の中間体として存在する短寿命分子やイオン分子の検出に威力を発揮している9)13).しかし,シュタルクあるいはゼーマン効果による周波数の掃引範囲は,波長可変の光源による分光とくらべると一般的に狭い.この点を改善したものとして,レーザーシュタルク分光法では,電極の間隔を狭くとり,高い電場まで印加できるようにした例がある14).高精度の測定をおこなうためにはレーザーの周波数安定化,電場,磁場の強さの正確な測定と校正15)が必要である.また,測定される量が電場や磁場の強さであり,場がない状態でのエネルギー準位の位置を求めるためには,準位の構造や計算方法についてよくわかっていなければならない.
図28・1にレーザーシュタルク分光法のブロック図を示す.
磁場を掃引する分光法の一つに,高分解能を持つ準位交叉法がある.磁場中に置かれた原子や分子による共鳴蛍光において,その偏光が磁場の強さによって大きく変化する現象を用いている.これは,左右の円偏光に対する遷移確率が磁気副準位によって異なるために,複数のゼーマン準位が磁場によって交叉すると,共鳴蛍光の偏光が大きく変化するためである.磁場が0の値を横切るときに生じる現象が零磁場交叉(zero-field level-crossing またはHanle効果)といい,超微細構造の準位などが交叉するときは,単に準位交叉という16).
磁場が0となる点を中心として,磁場を掃引し,共鳴蛍光の偏光成分を測定すると,ドップラー広がりを持たない均一幅のローレンツ型共鳴曲線を得る.この幅は,励起準位の寿命とランデg因子の積によって決まる.実験で得られた曲線をローレンツ型曲線にフィッティングして,曲線に関する各種パラメータの値が高い精度で得られる.このため,原子・分子の励起準位の寿命やランデg因子など基礎的な値,また,圧力や光強度をパラメータとして,励起準位の圧力広がり,パワー広がりなどの動的な定数の測定に用いられる.
実験における光学系では,従来は入射光に対し直交方向に放出される散乱光を検出していたが,レーザー光を光源とする場合には,高い消光比を持つ二つの偏光プリズムを試料セル直後に置き,入射光と直交する偏光を持つ前方散乱光を取り出す.このような光学系による測定では,大きな信号が得られ,詳細な原子スペクトル形が調べられる.たとえば,衝突による線幅の広がりから,2種類の緩和過程,つまり,準位の分布数変化を伴う衝突による緩和(縦緩和),振動双極子の位相変化を伴う緩和(横緩和)に対する緩和時間(定数)が測定された17).
励起状態に関する動的な定数の測定のほかに,レーザー光強度が高くなり飽和効果が影響すると,ゼーマンコヒーレンス(磁気副準位間のコヒーレンス)や原子・分子の多重項と光との相互作用に基づく新たな現象が現れる18).
強いレーザー光を用いた場合,縦磁場の関数として,前方散乱光の直交偏光成分の強度を観測すると,零磁場を中心とする非常に狭い線幅のスペクトル構造が現れる19).これは,エネルギー準位の副準位の構造における磁気円偏光複屈折および磁気円偏光2色性20)に基づく現象と説明されている.
また,レーザービーム断面内の強度分布を利用して,散乱光のレーザー強度と磁場に対する依存性を同時に観測できる.前方散乱光のうち,入射光偏光と直交する偏光成分について,その空間的な分布を観測すると,飽和効果に起因したリング状の強度分布が現れる21).この光強度分布から,励起準位の各種パラメータを算出することができる.
固定周波数レーザーを利用した分光法としては,このほかに原子・分子のイオンを加速し,ドップラー効果を利用してレーザーの周波数に共鳴させるドップラー同調法なども報告されている19)20).
28・2・2 周波数可変レーザーを用いた分光法
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