自然放出ラマン分光と並んで非線形ラマン分光(コヒーレントラマン分光)は重要な振動分光法である.誘導ラマン散乱により誘起された物質中の振動励起をモニターする光学的方法には種々のものがある.たとえば,時間分解コヒーレントラマン分光は,励起状態や不安定中間体などの研究に,前述した時間分解自然放出ラマン分光と並んで有力な手段である.コヒーレントラマン光はその指向性のために自然放出蛍光の妨害を受けにくいという大きな利点もある.また試料の空間的なコヒーレンスを要求するため,たとえば濁った試料には使えないなどという大きな欠点もある.時間分解ラマン分光としては最も広く普及しているのがコヒーレント反ストークスラマン分光(CARS)法であり,上記の利点と欠点を持つ.
しかしながら励起光のほかに二つの波長のレーザー光が必要で、あるとか,信号に非共鳴項との干渉が入ってくるという問題点がある.励起状態などラマンスペクトルが不明の場合に時間分解分光の有意義性が高いわけであるから,特に後者は問題である.誘導ラマン利得分光法(stimulated Raman gain spectroscopy:SRGS)では,ω1のレーザー光電場とωRの振動励起との相互作用によって生じる3次の分極P(3)(ω1-ωR) (ωRの強制振動の振幅はω1およびω2光の電場の積に比例し,それとω1光の電場との相互作用によって生じる分極は電場の3乗に比例したものとなる)によるω2レーザー光の増幅を検出する.すなわち,ω1を固定しておき,ω2を掃引してゆくと,ラマン共鳴の条件が満たされたときω2レーザ一光の強度が増大することを利用してラマンスペクトルを観測する.
図10・5に吉沢・小林らが開発した時間分解ラマン利得分光装置のブロック図を示す7).
この実験の際には増幅したCPM色素レーザー(630 nm,100 fs,200 μJ)を用いた.この出力の一部を電子励起パルス光とし,このパルスから自己位相変調により発生した白色光パルスの一部のスペクトル領域の光を色素増幅することにより,第二のコヒーレントラマン励起用波長可変励起光(500~700 nm,200~300 fs,10 μJ)を生成する.この励起光と白色光との間の誘導ラマン増幅過程の観測には,通常のポンプ・プローブ吸収実験と同じ分光測定系を用いる.
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