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その日、いつもと変わらぬ朝が訪れると誰もが信じきっていた。
ただひとり、大文字山の火床からこの町を見下ろす少女をのぞいて——。
少女の名は紅光響[くれみつ・ひびき]。
私立聖光学園に通う中学2年生だ。
背は低く、ふたつくくりの髪型をしているのでよく小学生に間違えられる。今朝はパーカーにジーンズ、スニーカーという出で立ちだった。
「どう、《ナマズ》くん。お友達は見つかった?」
響がリュックサックに話しかけると、奇妙な生き物が隙間からあらわれた。
それはチョウチンアンコウのような生き物だった。
頭部先端から延びる提灯が緑色の不気味な光を放っていること、背中に翡翠[ひすい]石のようなものが貼りついていること。
なにより宙に浮いているということ以外は、ではあるが……。
「せめて《アンコ》と呼んでいただこう。私が寄生したこの炭素生物は《チョウチンアンコウ》と呼称されているそうだしな」
《アンコ》との出会いは突然だった。
昨朝、いつもどおり遅刻しそうな響が、鹿ヶ谷通りを走っていたときのこと。
数寄屋料亭の板前さんが、包丁片手に空飛ぶチョウチンアンコウを追いかけていたのだ。
通りかかった響のカバンに、《アンコ》は突然潜り込んできた。
いくら振り払っても齧りついてついてくる《アンコ》を匿ったまま、響は学校に連れて行くしかなかった。
なぜなら遅刻した生徒は、体育倉庫の掃除当番を押しつけられてしまうからだ。
暗いところが苦手な響は、なんとしてでも遅刻するわけにはいかなかった。
……それがすべてのはじまりだ。
学校にいる間に図書室の知識を吸収しつくした《アンコ》は、人語を操れるようになり、その夜、響に信じられないような身の上を語り出した。
《アンコ》は地球より137億光年も離れた外宇宙からの漂流者で、ケイ素生命体の無人兵器だった。
彼らの恒星間宇宙船《ダイソン》は、自ら光を発する恒星のエネルギーを調達するべく、宇宙航海をつづけていたが、プログラムに変調を来して地球に辿り着いたのだ。
その墜落地点が、京都の大文字山だった。
恒星間宇宙船には自己制御[セルフ・ガバナンス]型の群[スウォーム]兵器《ジェイド》が搭載されていた。
翡翠[ひすい]石【jade】に酷似している《ジェイド》は、墜落の衝撃で制御不能[アウト・オブ・コントロール]に陥り、恒星間宇宙船《ダイソン》から京都の町に分散してしまったのだという。
『われわれは《ダイソン》を〝巣〟とする兵器群だ』
昨晩《アンコ》は、自身もケイ素生命体自己制御型群兵器《ジェイド》のうちの一体であると説明した上でつづけた。
『《ジェイド》は巣の精神=心の座を失い、相互接続[コミュニケーション]がとれなくなった。
結果、制御不能に陥り、京都の町に分散している。
恒星の光エネルギー調達を本能[プログラム]として組み込まれているわれわれは、このままだと地球上のありとあらゆる光を吸収しようとするだろう……』
『あらゆる光を……?』
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