砂礫(されき)が舞う荒廃した大地は、琥珀(こはく)色に煙(けぶ)っていた。分厚いコンクリートのような曇天(どんてん)の空には、陽の光も差し込まない。倒壊した建物の残骸(ざんがい)が堆(うずたか)く積まれ、人の気配はまったくといっていいほどなかった。
 そんななか、瓦礫(がれき)を踏みつけながら闊歩(かっぽ)する巨人の一群れがあった。丸みを帯びた鋼鉄の外見(フォルム)に、赤外線単眼センサーをからだのそこかしこに備え、ミサイルポッドや七○mm機関(ガトリング)砲といった重火器で武装した巨人たちは、歩く魔法瓶(まほうびん)と呼ぶべきずんぐりむっくりした筒状戦車兵器群で、身体を左右に揺らしながら戦場を跋扈(ばっこ)するその姿には、おぼつかない足取りの赤ん坊に似た愛嬌(あいきょう)があった。
 筒状戦車兵器群《ダイモス》――外見とは裏腹に、日本人を根絶やしにするために開発されたそのずんぐりむっくりの制圧兵器は、完全AI制御の無人兵器である。操縦者(パイロット)が存在しない。いっさいの感情を排し、ただただ命令(コマンド)に忠実に、圧倒的火力でもって容赦のない打撃を加え、核大戦後の日本人には死神と恐れられている。
 三十体の《ダイモス》からなる一個小隊は、小郷大学レーザーエネルギー学研究センター、通称『郷大レーザー研』の大深度施設を攻撃目標と設定されていた。諜報員7th(セブンス)からの情報によれば、戦後、郷大は大深度施設にて高出力のエネルギー機関を開発しており、日本民族の再興を図る地下組織『アポロン』に技術供与しようとしているとのことだった。
《ダイモス》がミサイルポッドから実弾を発射して戦端を開く。発射装置から垂直に打ち上げられたミサイルは、煙を引いてまっすぐ伸びていった。それから弧を描いて落下しはじめると、後を追うように他の《ダイモス》から発射されたミサイルが、まるで雨あられのように降り注いだ。
 大深度施設入口は轟音とともに大爆発を起こした。間を置いて着弾したミサイルが続けざまに爆発して追い打ちをかけ、炎が爆(は)ぜるたびに大地が鳴動した。
 断続的な爆発音が地鳴りをともなって轟(とどろ)き、震える。炎と煙と巻き上げられた砂塵は数百メートルに達した。爆発の熱で溶解した大深度施設入口が、治療不可能な虫歯のようにだらしなく口を開いた。
 灼熱(しゃくねつ)地獄に包まれた入口をものともせず、《ダイモス》一個小隊は進撃をつづける。赤外線レーザーで施設内をスキャンし、脅威となるものがないかを確認してから、《ダイモス》は一糸乱れぬ隊伍(たいご)を組んで進んでいく。
 体長四メートルの《ダイモス》は、地下へとつづく入口の天井すれすれをばく進していった。一歩一歩と進むたびに天井からは塵芥(ちりあくた)が剥落(はくらく)してくる。
 そのとき、先頭をゆく《ダイモス》が〝なにか〟を察知して立ち止まった。それに倣(なら)って、後続の戦車兵器たちも停止する。
 まるで動物が森林でほかの動物の物音を察知し、聞き耳を立てているかのように、戦車兵器は赤外線センサーを上下左右に動かした。《ダイモス》はある通信を傍受したのだった。
(お願い、ここから出ていって……)
 その通信は、少女の声でささやいたのだった。

「《響XⅢ号システム》、起動! 繰り返す、《響XⅢ号システム》起動!」
 研究員たちが震える声でインカムに叫んでいる。目の前のディスプレイで数値やグラフが変動しだして、活気づいたかのように突然、各所で研究員たちが情報把握するために顔をあちこちに振り向けはじめた。
「どういうことだ?」
 野島主任の問う声に、
「燃料利得媒質(ペレット)内『オプト・クリスタル』に高エネルギー反応!」
 と研究員のひとりが振り返りざまに応える。彼はつづけて、
「動力、創出(エマージェンス)します!」  
 と報告の声をあげて、主任の判断を待った。
 研究員の隣に駆けつけた野島主任が自分の目でディスプレイをたしかめ、状況を確認する。
「……ついに目覚めたのか!? 〝彼女〟が……」
 茫然(ぼうぜん)と言い放つと、硬化ガラスを隔てた向こう側――192本のレーザービームが集中する潜水球(バチスフィア)の中心部がぼんやりと紅く光を放ちはじめた。融合炉を監視するディスプレイの計器はすべて振り切れ、莫大なエネルギーが創出(エマージェンス)していることを伝える。
 と突然、大深度施設を揺らす爆音と、警戒警報音とが同時に研究所を満たした。
「どうした?」
 技術主任が問うと、
「第1隔壁融解! 研究所内に侵入者!」
「筒状戦車兵器群です! 敵数30! 3分後にはこちらに到達します!」
「第3隔壁、突破されました!」
 矢継ぎ早に飛び込んでくる情報を研究員たちが次々に報告する。
(みんな、逃げて……)
 先ほど脳内に響いてきた〝彼女〟の声の意味に思いを馳せつつ、加奈はあらためて周囲を見まわした。他の研究員たちにはどうやら〝彼女〟の声が聞こえていなかったらしい。ただの空耳だ。内心に結論づけた加奈は、
「どうして大深度施設の場所がやつらにわかったのでしょうか……」
 と動揺を装ってつぶやいた。
 野島主任は老眼鏡をはずして厳しい表情を作ってため息をつた。
「このなかに売国奴(マゴット)がいたということだ……」
 意図せず、研究員たちが互いの顔を見合った。
 お互いを疑っている場合ではない。好々爺のようなやわらなか表情から、指揮官としての顔を取り戻した野島主任は、
「レーザー最大出力! 敵が第4隔壁を突破したら、発射しろ」
 と命令した。
「はい!」
 研究員が操作盤(コンソール)に取り付いて、手早く攻撃態勢を整える。
「敵、第4隔壁、突破! 来ます!」
「発射!」
 ディスプレイ上では、大深度施設の設備図面が表示され、侵入してくる脅威目標、筒状戦車兵器が赤い三角形の指標(ビーコン)として表示されている。
 第4隔壁を抜けた脅威目標に対し、施設のレーザー兵器が殺到する。敵の反応が消えてくれることを祈りながら、研究員たちはディスプレイを注視した。
 警報音だけが鳴り響くなか、画面上の脅威目標が一瞬、消え去った。研究員たちの安堵のため息がいっせいに洩れた。
 ところが、間もなくして倍加する数の脅威目標が現れた。明滅を繰り返す指標(ビーコン)がさらに進行を開始する。
「敵、依然健在! 進行止まりません!」
「レーザー再充填(じゅうてん)!」
「間に合いません!」
「だめ、か……」
 額に手を当てた野島主任が、沈痛な面をうつむける。
「《響XⅢ号システム》は……どうするおつもりですか?」
 もはや絶望的な現実の直視を避けているかのような彼の意識を呼びさますかのように、加奈が問う。
 主任はようやく起動した〝彼女〟をぼんやりと見ながら、〝彼女〟を窃取(せっしゅ)されるわけにはいかん、と応えた。
「日本民族の興廃(こうはい)は、〝彼女〟――『オプト・クリスタル』にかかっている……」
 野島主任の声が、情報の錯綜する研究所の空気を一段と重くする。彼の言ったことの意味を、研究員それぞれがたしかめ、自分のなかで覚悟を決めている。そんな表情をしていた。
 それはまさしく日本人らしい光景だった。誰も口には出さない。だが、その場を支配する〝空気〟を読みとって、それ以外に選択肢がないのだと思わせる。
 そんな〝空気〟にお構いなしで、加奈は、
「まさか……自決するおつもりですか?」
 とふたたび問う目を向けた。研究員ひとりが「自決」という言葉にびくりと身体を震わせた。
 野島主任はにやりと笑った。
「〝彼女〟を、託さねばならん。正しき者へ。次なる黎明(れいめい)を担う者たちへ……」
 技術主任の言葉を噛みしめるように、研究員たちがそれぞれ頷いている。
 老眼鏡をかけ直した野島主任は、全システムを物理凍結。〝彼女〟の保護を最優先だ、と指示を飛ばしていく。
「『オプト・クリスタル』を防護核へ。大深度施設は破棄する!」
 技術主任が手元の操作盤(コンソール)に目を落とした。拳でガラスを割って非常用システムを起動させると、黄色と黒の縞模様で縁取られた鍵穴が操作盤(コンソール)からせり出してきた。
 鍵を差し込み、回す。研究所内のディスプレイ画面がいっせいに暗転し、数行のコマンド文字が流れてデータを削除していることを伝える。
 そのなかで唯一、特殊硬化ガラスを隔てた向こう側、《響XⅢ号システム》だけが紅い光を放ち続けていた。
 冗談じゃない。日本人たちと心中するつもりはない。口には出さずに内心に吐き捨てた加奈は、踵(きびす)を返して出入り口へ向かった。背後でどこに行くと問う野島主任の声も無視して、加奈は研究所の廊下に出た。
 刹那(せつな)、大きな爆発がふたたび大深度施設を揺らした。すでに諜報員(ちょうほういん)7th(セブンス)としての役目は十分に果たしている。あとは生き延びるだけだ。
 内心に独りごちた加奈は、非常灯だけが心細げに照らす大深度施設の廊下を走っていった。

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