それにしても、もうずいぶんと眠っている気がする。〝彼女〟はふと永いまどろみのなかで、そんな感懐を結んだ。
あまりにも長く引き伸ばされた時間のなかで、〝彼女〟は倦みはじめていた。鉛のように重たくなっている意識を、さらに気怠さが蝕んでいく。とにかくなにもしたくない。考えることすら億劫で、いまはただ、目覚めたくなかったのだ。
〝彼女〟は戦った。十分すぎるほどに。だから傷ついていた。目覚めればまた、戦わなくてはならない。仲間が死んでいくのを、自分だけが生き延びていく理不尽さを抱きとめなければならない。永命のなかで喪失感に慣れ、死を悼む感傷に浸ることもなく、不感症になっていく自分がまるで人間らしさを失っていくようで怖ろしかった。
忘却の彼方に追いやったはずの苦い思い出の数々や、つらい別れがふと噴出し出して、ちくりと刺すような痛みを知覚させる。〝彼女〟は、過ぎていった膨大な時間、気が遠くなるような年月の重みに思いを馳せて、その痛みを誤魔化そうとする。
かつて〝彼女〟とともにあった世界は、見間違えるように変わり果ててしまった。
――核大戦だ。
光に包まれていた世界にはいまや一条の光すら射さない。死んだような暗黒世界で、生きるために人が互いに殺し合う。そんな地獄絵図のような世界にあっても〝彼女〟はあのときと変わらぬ姿で永い眠りを貪っていた。
いつか世界に希望の光を響かせると誓った少女はすでに存在しない。
ここには、光の魔に絶望した少女の残滓だけが、薄っぺらになるまで引き伸ばされて残っているだけだった。
（少女、か……）
思わず放った自分の皮肉に〝彼女〟は憫笑を洩らした。
すでに数世紀あまりも少女のままの〝彼女〟は、感傷に浸る己の胸の裡を眺め、まだ人間らしさが幾分残っていることに安堵した。
そして、ふたたびまどろみに帰っていった。
「〝彼女〟が笑っている……」
雨宮加奈は、背後で起こった野島技術主任の声にはっとした。白衣を纏い、ショートカットの髪に厚ぼったい唇をした顔をディスプレイからあげると、加奈は特殊硬化ガラスを隔てた向こう側に目をやった。
眼前には、植物のように配線を幾重にも巡らせた計測機器が〝彼女〟をぐるりと囲い込んでいる。片時もその動静を見逃すまいと観測をつづけているのだ。
《響ＸⅢ号システム》。そう名付けられた反重力レーザー増幅集積室には、鋼鉄の球根とも呼ぶべき球形深海潜水装置・潜水球が鎮座ましましていた。四方八方から計192本のレーザービームが集中する潜水球の中心部には、新たに開発された燃料利得媒質が納められている。それは二酸化ケイ素Sio2が結晶してできたわずか数センチたらずの精製鉱物だった。
『オプト・クリスタル』と呼ばれるこの燃料利得媒質は、日本人技術者たちの粋を集めた高純度化技術によって精製された。『オプト・クリスタル』へ集光したレーザーエネルギーで内部の水素同位体に核融合を起こす――莫大なエネルギーを創発するシステムの要だ。それがこの大がかりな設備群《響ＸⅢ号システム》の役割であり、エネルギー問題に光明をもたらす次世代反重力レーザー核融合炉なのだった。
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