乳がん研究に革命をもたらすAI

ジャスティン・マーフィー

新しいディープラーニング技術により、研究者や病理医が乳がん細胞や関連タンパク質をより包括的に観察し、さらなる正確な診断や、究極的にはより効果的な治療を実現しようとしている。

人工知能(AI)は私たちの身の回りにあり、ヘルスケアにとってますます重要なツールとなっている。
 テクニオン・イスラエル工科大(Technion-Israel Institute of Technology)コンピュータサイエンス学科のギル・シャマイ氏(Gil Shamai)は、「医療と人工知能を融合させる、素晴らしい機会だ」と述べる。同氏は現在、同大でロン・キメル教授(Ron Kimmel)が率いる幾何学的画像処理研究室でポスドクとして働いている。博士課程では、AIがどのようにがん研究を強化し、革命をもたらすかについて主に研究していた。
 すべては、腫瘍内科の医師で臨床医である人物との会話から始まった。「私に、人工知能、特にディープラーニングは驚くべきことができると話してくれた」と、シャマイ氏は述べる。「そして、がん研究に導するというアイデアを提案し、私の博士課程の大きな部分を占めるようになった」。
 この研究はがん生検の画像から始まり、シャマイ氏はこの画像にディープラーニングモデルを適用した。キメル教授と、コンピュータ科学者や臨床医からなる拡大チームと協働し、がん生検画像を分析するためのディープラーニングモデルの開発を目標としている。

ディープラーニングシステムを開発した研究者

ディープラーニングシステムを開発したテクニオン・イスラエル工科大のコンピュータサイエンスチーム。左から、アロン・ジン氏(AlonZin)、ロイ・ヴェリッヒ氏(Roy Velich)、タル・ネオラン氏(Tal Neoran)、シャハル・コーヘン氏(Shachar Cohen)、チェン・ダヴィードフ氏(Chen Davidov)、ロン・スロスベルグ博士(Ron Slossberg)、ギル・シャマイ博士、アロン・ツヴィリン氏(AlonZvirin)、ロン・キメル教授、ヤロン・ホーネン氏(Yaron Honen)

乳がん生検を解析するためのディープラーニング応用

彼らは特に乳がんの生検に注目した。その理由は、長寿化により乳がんの発生率が増加し続けているからだ。世界保健機関(World Health Organization)が発表した最新の統計では、2020年において世界で230万人の女性が乳がんと診断され、がんの中で最も罹患率が高い。
 シャマイ氏らのチームは、生検画像を分析するためにディープラーニングモデルを用いて、細胞膜上のタンパク質である受容体のさまざまな発現と画像との相関関係を見いだそうとしている。
 シャマイ氏は、「これらの受容体の存在、言い換えれば受容体の発現に関する知見は、がん治療において重要である。がんのプロファイルを描くことが大切だ」と言う。注目すべきは、乳がんでは全例で、エストロゲン、プロゲステロン、HER2受容体に基づいた診断を必須としていることである。
 シャマイ氏は、「分子的な手法でがんを細分化するようなものだ」と続ける。「治療方法や、予後の推定、がんのサブタイプで重要な他のことを決定する手段に関する知見をさらに得られる」。
 現在、細胞に存在するこうした受容体の観察は、通常の顕微鏡では特殊な染色を行わないと不可能である。がんの受容体は、この技術では見ることができないため、免疫組織化学という高度な染色法が必要だ。この実験手法は通常、蛍光色素または酵素と連結させた抗体を用いて、細胞や組織サンプル中の特定のマーカー(受容体)を確認する。
 このような染色を中心とした手法は過去数十年にわたって使用されてきたが、課題があるとシャマイ氏は指摘する。「常に正確というわけではなく、必ず染色できるものでもない。すぐにわかるとは限らず、時間がかかる」と述べる。「また、がんや受容体の種類にすべて依存している」。
 コストも要因であり、特に遠隔地や経済的に困難な地域では、入手可能性や実現可能性も関わる。
 シャマイ氏は、「そこで、われわれは異なる方法を探した」と述べる。「AI・ディープラーニングモデルによって特定の受容体の発現の有無が予測できるかを確認するというアイデアだ」。
 同氏のチームは、まずエストロゲン受容体を検査し、発現状態が陽性か陰性かを判断する。そして、コンピュータモデルが画像を見るだけで陽性・陰性を予測できるかを調べた(図1)。「われわれは、生検画像からがんの分子プロファイルに関する情報を人工知能が抽出できることを初めて証明できた」と、シャマイ氏は話す。
 これはすべて免疫療法につなげることができる。免疫療法とは、患者自身の免疫システムを用いて腫瘍やがん細胞を攻撃する治療のことである。このタイプの治療は、がん、腫瘍、細胞受容体の特定の特徴に基づき、各患者が適切な薬剤やケアを受けられるよう個別化されている。AI・ディープラーニングモデルが免疫療法の進歩の鍵を握るだろう。
 シャマイ氏のチームは、受容体とともに、一部の腫瘍で表示される特定のタンパク質においてディープラーニングモデルの実証を行なっている。彼は、「このタンパク質はPD-L1と呼ばれているもので、各患者が免疫療法でベネフィットを得られるかどうかを理解する上で重要だ」と話す。
 PD-L1は、基本的には身体の免疫反応をコントロール下においている。このタンパク質は正常細胞にも存在し、ある種のがん細胞や腫瘍では高密度で観察される。懸念されるのは、PD-L1ががんを放置するよう、免疫システムに誤って働きかけてしまうことだ。免疫療法はそのような状況を打破し、PD-L1を発現しているがん細胞を免疫システムが攻撃するよう促す性質がある。
 シャマイ氏は、「この治療では、身体の免疫システムががん細胞を攻撃するよう仕向ける」と述べる。「このタンパク質は、治療がうまくいくかどうかの指標であり、存在の有無を知る必要がある。高度な免疫組織化学染色をせずに、生検画像のディープラーニング解析だけでできることをわれわれは示した」。

図1

図1 左はオリジナルの生検画像、右はテクニオン・イスラエル工科大が開発した技術を用いて赤と緑として情報を抽出した場所

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2023/05/020-021_ft_AI.pdf