マイクロレーザチップによる、量子通信のさらなる多次元化

サリー・コール・ジョンソン

キューディット(qudit)を使用して通信する超次元マイクロレーザチップは、これまでのオンチップレーザの量子情報空間を2倍にして、セキュリティと堅牢性を、既存の量子通信ハードウエアをはるかに上回るレベルに向上させる。

米ペンシルベニア大(University ofPennsylvania)のリアン・フェン教授(Liang Feng)の研究室が率いる研究者チームは、スピン角運動量と軌道角運動量で構成される、4レベル量子システム内の任意の状態を保有する光子を、非常に高い忠実度で放射する、超次元マイクロレーザチップを設計して構築した。
 この取り組みは、大きな躍進である。同チームのマイクロレーザチップは、自由空間の量子鍵配送(Quantum KeyDistribution:QKD)とコヒーレントな従来型通信、特に、衛星から地球への通信や電波塔間の通信における光源として、使用できるためである。
 2進数(ビット)に基づく従来の情報理論が、現代の情報処理および通信システムの根幹を成している。「従来の情報理論の成果から着想を得て、今日の量子情報処理は主に、量子ビット(キュービット:qubit)に基づいている。量子ビットは、0または1の値を同時に処理できる。これは、量子機構において『重ね合わせ(superposition)』として知られている」と、フェン教授は述べた。
 異なる2レベル量子システムを制御する能力の開発に伴って、複数の量子プロトコルやアルゴリズムが提案および実装され、それによって、セキュアな通信と、演算の指数的な高速化が可能になった。

キュービットを上回るキューディットの使用

しかし、キュービットは量子情報を符号化するための理想的な選択肢ではない可能性がある。量子システムのキューディットは、2レベルを超える重ね合わせ状態にある量子ビットで、それ以上のメリットを情報処理に対して提供するためだ。
 「例えば、光子による量子通信において、キュービットを使用するシステムは、完璧な量子チャンネルによって1光子あたり1ビットしか送信できない。しかし、Nレベルのキューディットならば、1光子あたりLog2(N)ビットが送信可能である。キューディットに基づく通信システムはより堅牢で、未来の成熟した量子通信ネットワークに向けた道筋をつけることが可能であることが、実証されている」と、フェン教授は説明した。
 高次元量子システムを制御するための複数の試みが既に行われている。「光通信システムにおいて、大規模なオンチップのフォトニックプロセッサが、高次元の従来の情報処理と量子集積の情報処理の両方に対して開発されている。そこでは情報は、複数の『パス』、つまり、光子が入る導波路の中で、主に符号化される。この符号化方法は、オンチップの情報処理に対して適切だが、長距離の自由空間通信に使用するのは難しい可能性がある」と、フェン教授とともに研究に取り組む、博士課程の学生であるハオキ・ザオ氏(Haoqi Zhao)は述べた。
 しかし、スピン角運動量を含む光子の角運動量は、長距離の多次元通信、特に、衛星から地球への通信と電波塔間の通信に対して、有望であるように見える(図 1)。
 これまでに、「複数の実験で、光の角運動量による高次元情報伝送の試験が行われているが、そのすべてにおいて、波長板、偏光子、位相板、空間光変調器などの複数の大きな自由空間光学部品を使用して情報の符号化が行われており、それによって、角運動量に基づく通信システムの開発が大きく制限されている」と、ザオ氏は述べた。
 この分野を前に進めるには、光子の高次元の角運動量状態の放射と操作を開発する必要がある。「われわれのこれまでの研究により、光子を放射する集積型レーザは、明確に定義された角運動量を持つことができることが示されている。そこで、4次元(4D)の角運動量空間内で、状態を任意に操作できる光子を放射する、レーザシステムを開発することにした」と、ザオ氏は続けた。
 同チームのマイクロレーザチップは、III-V族半導体プラットフォーム上の2つの同一サイズのマイクロリング共振器で構成される(図 2)。各リング共振器は、時計回りの伝播モードと反時計回りの伝播モードという、2つの光学モードを生成できる。
 「これらの4つのモードを、4Dシステム全体に広がる設計された散乱特性を持つ、異なるスピン角運動量と軌道角運動量を保有する、自由空間モードに転換することができる」と、ザオ氏は説明した。

図1

図1 超次元マイクロレーザチップの1つの潜在的応用分野は、衛星間の多次元量子リンクである(画像提供:ハオキ・ザオ氏)

図2

図2 4レベルの情報を同時に保有するキューディットまたは光子を生成する、同チームの超次元マイクロレーザチップの概念図(画像提供:ハオキ・ザオ氏)

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2023/05/017-019_ft_quantum_communications.pdf