原子及び分子レベルの超高速科学

フランチスカ・ナポラ、マーティン・シュワルツバウアー

SwissFELは、構造や動作中の超高速プロセスに関する、これまでには得られなかったナノスケールの洞察をもたらす。

SwissFEL(スイスのパウル・シェラー研究所[Paul Scherrer Institute]所蔵)などのX線自由電子レーザは、全く新しい次元を研究者らに切り拓いている。これらのレーザは、極短で高強度のX線パルスを発生することにより、これまではあまりにも高速で実験できなかったプロセスをとらえることができる。その結果として、数多くの生物学的及び化学的プロセスが初めて記録されている。
 電子ビームのモニタリングは、SwissFELの適切な動作に欠かせない処理である。この処理に選択されているカメラは、科学用CMOS(sCMOS)カメラである。例えば、pco.edge 5.5CLHSは、その低ノイズセンサによって、鮮明な画像を出力するだけでなく、必要な長距離にわたる画像伝送を、Camera Link HS(CLHS)技術を使用して、高いデータ転送速度で行う(1)。

光源としての電子加速器

SwissFELは、電子源を備えたインジェクタ、線形加速器、アンジュレータ列、実験装置という4つの要素で構成される(図1)(2)。
 パウル・シェラー研究所は、費用対効果の高い設定を実現するために、電子源を小型化して安定化させている。パルスUVレーザが電子ビームをセシウムテルライドフォトカソードから放射し、レーザパルスのタイミングは、それが配置されている光共振器の無線周波数に同期される。この特殊形状のチャンバには電界が含まれており、その定常波によって放射電子は、光速とほぼ同じ速度にまで加速される。この加速によって磁界が生成され、それが電子の分散傾向を抑制する。
 初期加速を経て、電子バンチ(電子ビームの固まり)は、そのエネルギーをさらに高めるための線形加速器(LINAC)へと進む。LINACは、104の高加速器からなる400mの直線構造である。LINACを通過する中で、既に短い電子バンチは、バンチ圧縮器によって縦方向にさらに圧縮される。この過程で、電子は4つの強磁石からなるシケインを通過することにより、最初の電子は長い経路、最後の電子は短い経路へと振り分けられて、最終的に各電子間の距離はフェムト秒レベルになる(3)。
 最終的に6ギガ電子ボルト(GeV)のエネルギーを持つ電子は、十分に高速となって磁気スイッチングシステムによって分割され、硬X線アンジュレータライン(ARAMIS)と軟X線アンジュレータライン(ATHOS)という2つの異なるラインに同時に供給される。アンジュレータは、磁性が交互になるように磁石を並べた特殊なアレイで、電子を波のような経路に送り出す。電子のこの動きによって、研究に必要な高強度でコヒーレントなX線パルスが生成れる。X線ビームが生成された後に不要な電子は取り除かれ、X線ビームは、個々の実験ステーションに供給される(4)。
 光の波長は、観測する構造のサイズに合わせる必要がある。可視光の波長はあまりにも長すぎるが、X線光は原子構造に最適である。X線パルスが達成可能な時間分解能は非常に短く(フェムト秒レベル)、その強度は非常に高いため、原子や分子の動きの観測に使用することが可能で、これまでは高速すぎてとらえることのできなかったプロセスの研究を可能にする。

図1

図1 複数の構成要素からなる自由電子レーザの基本構造

図2

図2 バンチ電荷のビームサイズ測定の例(提供:SwissFEL)

新しい洞察を科学、医療、技術分野に

パウル・シェラー研究所では、さまざまな科学分野の実験が行われている。例えば、ある実験ステーションでは、溶液や不均一系触媒の中の分子動力学や反応の研究が可能である。研究者らは徐々に、物質の最小単位の構成要素が、化学反応においてどのようにして互いから分離し、結合して新しい物質を形成するのかを、たどれるようになっている。他の方法では、これらのプロセスはあまりにも高速で観測できない。しかし、SwissFELの極短パルスは、短い露光時間で個々の中間段階を撮像することを可能にする。これらの反応を正確に理解することは、化学業界におけるプロセスを最適化して、その費用対効果と資源効率をさらに高めるために役立つ可能性がある。
 インテリジェントなドラッグデザイン(新薬設計)には、タンパク質などの関連する生化学系の詳細な知識が必要で、原子分解能での3次元分子構造という形でそれが得られれば望ましい。一般的に数万もの原子で構成されるそれらの分子が正しく機能するには、原子の正しい配置が不可欠である。最近までX線結晶学では、試料の原子及び分子構造を解析する際の放射線曝露を制限するために、大きな井戸回折結晶を使用することが必要だった。しかし、それらの結晶は生成が難しく、不可能である場合も多い。SwissFELのフェムト秒のX線パルスの場合、必要なのは非常に小さな結晶のみである。その超高速撮像により、放射線損傷の影響が克服されている。放射線損傷によって試料が破壊される前に、回折データを記録することができるためである。
 同研究所の実験によって得られた知識は、量子スピン液体、トポロジカル絶縁体、新しい超伝導体など、新たな種類の物質につながる可能性がある。SwissFELなどの装置から得られる結果は、そうした魅力的な物質の大きな可能性の開拓に、なくてはならないものである(5)。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2023/03/041-043_ft_ultrafast_studies.pdf