光遺伝学:脳を照射することで驚くべき発見が得られる

サリー・コール・ジョンソン

シングルセル光遺伝学やホログラフィック光遺伝学のような新しい技術により、神経科学者はすべての細胞に独自のコードを与え、脳にホログラムを投射できるようになっている。

光遺伝学は、光学・遺伝子学・ウイルス学を組み合わせたもので、特定の波長に反応するよう遺伝的に改変された脳細胞を、光によって制御できる。動物の脳に光を当てて神経回路を探索し、驚くべき発見をもたらすことで、神経科学に革命をもたらしている。
 光遺伝学の基本コンセプトは、自然界に存在する多くの細胞は光に反応し、光で活性化されると荷電イオンが細胞内に流入し、電位差が生じるというものである。
 2005年、藻類から単離された光感受性タンパク質で、小さな太陽電池ともいえるオプシンが、脳神経細胞と生体適合性を持つことが発見された。この最初の光遺伝学オプシンであるチャネルロドプシン2(ChR2)は、青色の光に反応して電荷を細胞内に通す。そのため、オプシンDNAをウイルスに挿入して神経細胞に注入すれば、脳細胞はオプシンタンパク質をコードするよう「ペイント」され、光に反応するようになる。
 光遺伝学のパイオニアの一人で米MITの神経光学教授のエド・ボイデン氏(Ed Boyden)は、「光遺伝学の初期には、しばしば既知の事柄を検証するために使われていた」と話す。「しかし、そのような時代は終わり、研究者はますます驚くべき発見をするようになっている」。

光遺伝学ツールの発展

光遺伝学の黎明期から、特にCRISPR技術による精密なゲノムエンジニアリングが出現したことを考えると、この10年間で光遺伝学のツールは大きく進歩している。
 米ペンシルバニア大(University of Pennsylvania)生体工学准教授のブライアン・チャウ氏(Brian Chow)は、「ゲノム編集やRNA技術、より優れたウイルスデリバリー技術、完全な細胞型アトラスなど、遺伝子を標的にした制御を向上するためのあらゆるものが現在利用できるようになっている」と話す。彼の研究室では、細胞生理学を操作、モニターする光学ツールを開発し、細胞が外部からの合図に反応して意思決定する方法を探索している。
 同氏は、「さまざまな分野から多くの発展があり、それを活用できる」と述べる。「今後、そのトリクルダウン効果が見られると思う。例えば私の研究室では、低温電子顕微鏡や、計算機によるタンパク質構造予測におけるイノベーションの恩恵を受け、より優れた光遺伝学のタンパク質ツールを構築している。必要なものがすべて揃っているとは言わないが、今日の光遺伝学ツールは十分に多様で、今ではほとんどの人々が夢見る課題を研究するには十分パワフルだ」。
 光遺伝学ツールはすべて天然の光受容体タンパク質である。そのため、不揃いの菌類や海底で見つかった生物の塩基配列を調べている微生物学者や、こうした生物の光受容体を研究して概日リズムや病原性がどう制御されているかを理解しようとする研究者との議論に、チャウ氏は多くの時間を費やしている。
 同氏の研究室では現在、細胞センシングと細胞内生物学、細胞内シグナル伝達の研究に取り組んでいる。「この研究は、この分野を立ち上げた神経科学におけるオプシンや興奮性の研究より数年遅れを取っているが、われわれが問いかけたい多くの疑問は細胞内シグナル伝達が介在している」と彼は言う。「興奮性、シグナル伝達、転写やエピジェネティック制御の間には、細胞のダイナミクスを探るための世界が広がっている」。
 光遺伝学ツールのフロンティアはまだ残されており、特に生体内ではより深い組織にまで浸透させるため、さらに光ウィンドウに合わせるようツールをレッドシフトする必要があると、チャウ氏は指摘する。
 「光線力学的療法や分子イメージングに関わる多くの人から言われたのは、生物学的発色団のレッドシフトは赤外線(IR)の他の光学技術と比較してまだ波長が短く、われわれが光遺伝学で可能と考えているよりもさらに深い組織に他の光学技術は作用するということだ」と、同氏は話す。「より深い組織に到達するにはどのような方法があるか、というフロンティアがまだ残っている。光学的な方法か、他の電磁放射の形式か、生体内での外科的なアクセスか。技術的な観点から、ここには大きな需要がある」。
 チャウ氏の研究室はIRにまで挑もうとしているが、光遺伝学の課題の1つは、発色団とタンパク質が天然由来であるということだ。「生物システムが使う光の帯域は、近赤外線から紫外線(UV)までとかなり限定されている」と、同氏は説明する。「近赤外線とは、720nm以下の遠赤外線のことである。医療用イメージングで近赤外線について話すときには、1000nmに近い、より波長の長いレーザラインを考えることになる」。
 ここでの課題は、利用できる光受容体がほとんどなく、自然界に存在する光受容体は哺乳類の体に内在するものではないということだ。チャウ氏は、「これは、理論的には近赤外線を非常に効率よく吸収するタンパク質を細胞内で発現させることになる。しかし、そのタンパク質のほとんどは可視光外か、光学的に不活性である」と話す。
 こうした問題をよりよく理解するため、チャウ氏の研究室では、補因子がどのようにタンパク質に取り込まれて結合するか、その基本的なプロセスを探っている。そして、多くのタンパク質が見えるよう改善しようとしている。
 また、天然の補因子に限定する必要があるかどうかにも関心を持っており、哺乳類由来以外の補因子を結合させる実験も行っている。「遷移金属錯体でできた本物の補因子が近赤外にあれば、生物の有機的な補因子よりもはるかに遠くまで、シャープな吸収帯で到達できることは想像できる。スペクトルの多重化にはまだ困難があるものの、これは貴重になるだろう」と、彼は付け加える。
 新しいモダリティもある。チャウ氏の研究室では近年、青色光に応答するタンパク質を発見し、驚くべき温度応答性を示すことがわかった。光と熱を結びつけることができるというわけだ。
 現在、青色光を使わずに、このプローブの温度応答性だけを頼りにできないか考えている。「ペンシルベニア大のルカシュ・ブガイ氏(Lukasz Bugaj)の研究室の共同研究者とともに、組織深部まで到達するために現在取り組んでいる最も有望な方法の1つだろう」と、話している。
 この分野には、他にも有望なアイデアがある。例えばソノルミネッセンスは、ほとんどの光受容体が吸光する青色を発光する。ソノルミネッセンスは超音波によって発生するので、真に深いところまで到達すると想像できる。「もう1つのコンセプトは、ナノ粒子をアップコンバートして赤外線まで近づけることである」と、付け足す。「これらのアプローチはすべて有望そうだが、われわれの研究室ですべてに取り組むには1日の時間が足りない」。
 チャウ氏は、高出力の発光ダイオード(LED)のコモディティ化、コスト効率、スペクトル範囲の拡大が、過去10年間においていかに重要だったかを強調する。「顕微鏡や分光光度計の励起性能を拡張したり、実験のニーズに合わせてカスタマイズした光電子工学ハードウエアを構築したりすること、特に低コストの3Dプリンターで光メカニクスを作ることが、はるかに容易になっている」と話す。「非常にシンプルだが、大きな可能性を秘めている。例えば、われわれと共同研究者は、低コストでマルチモードのプレートリーダーや、検出器一体型の96ウェルプレートの照明器を作成したが、すべて学生の主導によるものだ」。

シングルセル光遺伝学とホログラフィック光遺伝学

仏視覚研究所(Institut de la Vision)のヴァレンティーナ・エミリアーニ氏(Valentina Emiliani)が先駆けて開発した二光子レーザアプローチをシングルセルに用いて、すべての細胞にそれぞれ独自のコードを与え、脳にホログラムを投影する研究チームが増えている。
 ボイデン氏は、「研究者はしばしば、光遺伝学の研究を用いて全細胞を同じ方法で駆動させようとするが、実際の生きている脳ではそのようにならない」と指摘する。「ホログラフィック光遺伝学は、脳がどのように機能するかという点に近づけることができるため、非常にエキサイティングだ。まだ初期の段階だが、どのようになるかご覧いただきたい」。
 米ジョンズ・ホプキンズ大(Johns Hopkins University)のパトリック・カーノルト氏(Patrick Kanold)の研究室では、音の経験が後の音知覚をどのように形成するかについて研究している(図)。また、光遺伝学で細胞の活動を変化させることができることと、ホログラフィによって光を正確に形作ることができることを組み合わせることで、行動中の動物内で識別されたシングルセルの活動を操作できる。
 生体医工学の教授であるカーノルト氏は、「行動中のマウスのニューロン群を刺激し、その動物の知覚を変えることができるか確認することで、『神経コードを解読』できる」と話す。「それにより、ニューロン群の活動と知覚をリンクさせることができ、経験の変化がこの『コード』をどう変化させるかを調べることができる。例えば、特定の音の経験の後で、知覚を呼び起こすために刺激が必要なニューロンのセットがどう変わるか、といったことがある」。

図

図 大人の聴覚皮質において、光で活性化するイオンチャネル ChRmineを発現する神経細胞集団に対する光刺激。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2022/09/034-037_bioft_optogenetics.pdf