先進的な神経科学手法を支えるレーザの進歩

マルコ・アリゴーニ、エリン・ドゥウゴシュ

3光子イメージングと 2光子光遺伝学刺激は、どちらも神経科学研究を真正面からターゲットとするレーザの最新進歩によって支えられている。

神経科学研究者らは、ゆっくりとではあるが着実に、脳の仕組みの神秘を解明している。その進歩を主に支えているのは、マウスの脳を、それよりも大きな哺乳類(すなわち人間)の脳のモデルとして使用する研究である。その研究の多くで、神経回路網の接続や機能の様子をマッピングすることが行われており、それには、3次元で高い分解能(個々の神経細胞[ニューロン]単位)を持つ、解析手法が必要である。超短パルス(フェムト秒)レーザを装備する多光子走査顕微鏡は、その3D分解能を本質的に提供する、主要な実現手段である。点走査によって、XY分解能(イメージプレーン)が提供され、非線形レーザ励起は、Z軸に沿った焦点を絞った走査においてのみ行われる。
 2光子蛍光励起は、神経科学の手段として十分に確立されている。より深く、より選択的な機能的イメージングを求めて、かなりの関心を集めているその他の手法として、3光子(3P)蛍光顕微鏡法と、2光子(2P)光遺伝学刺激法の2つがある。3P顕微鏡法は、マウス脳の厚さ1mmの皮質のさらに奥深くをイメージングするための手法として、ますます利用が増加している。オプシンと呼ばれる膜タンパク質に対する2P光刺激法は、個々の神経細胞単位で、特定の神経細胞集合を活性化または不活性化する能力を研究者らにもたらしている。研究者らは、これらの手法を組み合わせた全光学型生理学研究も開始している。この研究では、レーザによって発火する神経細胞を刺激し、2つめのレーザによって近くの神経細胞における活動の蛍光マッピングを、カルシウム指示薬の蛍光強度の変化を引き起こす、神経細胞のCa2+レベルの変化を利用して行う。
 2光子蛍光励起、3P蛍光励起、2P光刺激という3つの最前線の手法は、パルスエネルギー、波長、繰り返し周波数などの点において、それぞれ固有で互いに全く異なるレーザ要件を持つ。本稿では、それらのビーム特性の生成を効率化して、最大限に広範囲の用途に対してその利用を簡素化する、レーザの最新進歩を紹介する。

3光子イメージング

3P顕微鏡法は、対象蛍光体の単一光子吸収波長の3倍の波長のレーザ光を使用することにより、深いイメージングに複数のメリットをもたらす(図 1)。緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein:GFP)や、遺伝子発現のカルシウム指示薬(GCaMP)などの一般的な蛍光体の場合、これは約1300nmのレーザ波長に相当する。ほとんどの組織の拡散特性と吸収特性に基づき、高い侵入深さが得られる範囲が、この波長付近にある。従って、3P顕微鏡法では必然的に、2P顕微鏡法よりも優れたイメージング深度が得られる。同等に重要な点として、3P励起を使用すると、焦点のぼけた蛍光バックグラウンドが実質的に存在しないクリーンな画像が得られる(図 2)。
 しかし、3P励起には、ピークレーザ出力に対する3次依存性が存在する。これは、3P顕微鏡法では、必要なピーク出力と集束強度を達成するために、短いパルス幅(50〜60fs)による100〜200nJのパルスエネルギーを、サンプルに対して適用しなければならないことを意味する。3P顕微鏡法では、イメージング速度とサンプルの生存能力の間のトレードオフとして、1〜2MHzのパルス繰り返し周波数も必要である。残念ながら、これらの要件を満たす、使いやすいレーザ源を設計するのは難しい。例えば、このパルスエネルギーは、2P顕微鏡法でサンプルに適用される標準的なエネルギーよりも500〜1000倍高く、求められるパルス幅は2〜3倍短い。このような理由から研究者らは、イッテルビウムベースのウルトラファースト増幅器を使用して、1300nmの出力を生成するスタンドアロンの光パラメトリック増幅器(Optical Parametric Amplifier:OPA)を励起している。
 この種のOPA源を数メガヘルツで使用しても、実験の目的は多数の神経細胞を同時に撮像することであるため(つまり、イメージング量が大きい)、イメージング速度はまだ不足気味である。カリフォルニア大バークレー校(University of California, Berkeley)のナ・ジ教授(Na Ji)の研究室は、レーザとOPAを組み合わせて、この制約を回避する方法を考案した。同グループは、自作のパルスコンプレッサーを使用して、サンプルプレーンの群遅延分散(Group Delay Dispersion:GDD)を最小限に抑えることも行っている。しかし、同教授らの最大のイノベーションは、いわゆるベッセル焦点(Besselfocus)を利用して、サンプルのZ軸に沿って長い焦点ウエスト(focal waist)を生成したことである。これによって、より厚みのある画像スライスを単一フレーム内に記録することができる。ジ教授は、Z軸焦点深度が長くなることの付加的なメリットとして、Z軸に沿ったサンプルの小さな動きに対する耐性が高くなることを指摘している。ベッセル焦点を利用した励起では、3光子励起のメリットも活用されている。3光子励起は、その側環による蛍光発生を抑制する。

図1

図1 3光子励起では、従来の単光子吸収の3倍の波長が使われる。この図に示されているのは、遺伝子発現のカルシウム指示薬GCaMP6sに対する、1300nm励起の仕組みである。クリス・シュウ氏とその同僚は最近、1300nmでTexas Redなどのより長波長の色素も励起できることを実証した。Texas Redは、抗体に結合して特定の細胞成分のラベル付けが可能な蛍光色素である。

図2

図2 マウス脳のより深いイメージングの例。この3色の画像スタックは、1200μmの深さにまで及 んでいる。 画 像 は、3P励 起 のGCaMP6s(緑色)、3P励起のTexas Red(赤色 )、3 次 高 調 波 発 生(Third HarmonicGeneration:THG、青色)で構成されている。(提供:本谷友作氏とクリス・シュウ氏)

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2022/09/018-021_ft_scientific_lasers.pdf