IRイメージングの次なる進化

マイケル・フォルマー

1960〜 80年代はとても高価でボリュームのあるものであったが、近年は身近なものとなり、赤外(IR)イメージングは大きな進歩を遂げており、スマートフォン用の IRカメラという形で現在、民生市場に登場している。

人間のすべての感覚入力のうちの大部分が、目を通して発生する。光源からの直接光または物体からの散乱光が目に入り、網膜に焦点を結ぶ。そうして得られた信号が脳によって解釈され、目にした物体の像の知覚につながる。
 私たちの日常生活においては極めて効率的な処理だが、多くの技術的用途では、人間の目の特性を超えるセンサ属性が求められる。微小物体に関する主要な制約の1つが、空間分解能で、これを解決するのが顕微鏡である。時間分解能には、タイムラプス(低速度撮影)カメラまたは高速カメラの使用によって対処することができる。最後に、人間の目が検出できるのは、約380〜780nmの波長範囲内の可視放射のみである。
 電磁放射の検出スペクトル範囲を変更することによって、視覚を劇的に高めることができる。X線などの短波長は、医用イメージング用の貴重なツールであり、紫外線(UV)イメージングは、フォレンジック(科学捜査)に利用されている。イメージングに用いられる長波長の熱放射は、使用する光電検出器の材料とその大気の窓によって特徴づけられる、スペクトル範囲内で定義される場合が多い。

IRカメラ技術の進化

近赤外(NIR)カメラには、0.8〜1.1μmの波長範囲内のシリコンセンサが使用され、短波赤外(SWIR)カメラには、約0.9〜1.7μmで動作するInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)検出器が主に使用されている。中波赤外(MWIR)カメラは通常、3.0〜5.0μmの範囲内で動作するInSb(インジウム・アンチモン)をベースとしている。さらに波長の長い7.5〜14μm光の検出は、HgCdTe(水銀・カドミウム・テルル)検出器(組成によっては熱赤外範囲全体を検出するように設計可能)、量子井戸検出器、または熱検出器を使用して行うことができる。
 LWIR熱検出器として最も成功を収めているのが、マイクロボロメータである。光電検出器よりも検出能力は低く、時定数ははるかに大きいにもかかわらず、マイクロボロメータ焦点面アレイ(FPA)検出器は、価格が非常に低いことで、IRイメージング分野に革命をもたらした。
 IRイメージング分野では、40〜50年前までは、専門家にしか操作できない、非常に高額で重量と体積の大きなシステムが使われていたが(検出器の冷却に液体窒素が必要だった)、その後の数十年間で、技術者やエンジニアが使用できる、より安価で軽量な量産品への移行が進んだ(1)、(2)。最近では、スマートフォン用のIRカメラなどのローエンド製品として、民生市場においてもこの技術が利用されている。
 IRカメラの未加工信号は通常、誤ったカラースケールで表示される。IR画像の定量分析と解釈には、選択したスペクトル範囲や観測物体によって異なる、関連する物理学の背景知識がいくらか必要である(1)。NIRカメラとSWIRカメラは、主に物体からの散乱放射を検出し、太陽光によって供給される外部照射を必要とする。
 一方、MWIRカメラとLWIRカメラが主に検出するのは、物体が発する放射であり、それは、どのような外部放射源にも依存しない。この熱放射は、プランクの放射法則と物体材料の放射率に基づく。スペクトルに対する最大の影響因子は、物体温度である。
 多くの観測物体で、温度は100°C(212°F)未満である。それぞれの物体放射は、NIR/SWIRセンサでは弱すぎて検出できないが、MWIR/LWIRカメラであれば、それらの信号を容易に検出することができる。熱カメラ信号は、物体の温度に依存する。ひとたび校正すれば、MWIRまたはLWIカメラによって、その表面温度を正確に測定することができる(ここでは、表面は光を透過しないと仮定している)。

各種 IRイメージングの比較

図1は、近UV域(340〜380nm)、可視域(VIS:380〜750nm)、SWIR(0.9〜1.7μm)、MWIR(3〜5μm)の4つの異なるスペクトル範囲における、同じ対象物のイメージングの例である。LWIR画像は、MWIR画像にほぼ等しいものになる。比較しやすいように、VIS以外の画像はすべて、グレースケールに変更されている。
 対象物が同じでも、明らかになる情報はスペクトル範囲によってまちまちであることが、一目瞭然である(1)、(3)。UV、VIS、SWIRの画像は、散乱放射で構成されている。一次放射(ここでは太陽光)は、表面層でほとんどが多重散乱する。その量は、皮膚や毛髪の波長依存の特性と、水分含量に起因するさらなる吸収(減衰)に依存する。
 SWIRとVISは、組織内への侵入深さが異なるために、UVよりも皮膚が滑らかに表示される。UVは表面構造と、表面近くのメラニン色素吸収特性を強調するために、「年老いた顔面皮膚」を示す画像が生成される。VISやSWIRと比較すると、皮膚の水分による吸収がはるかに多く、散乱が少ないのが明らかである。つまり、毛髪は皮膚よりもはるかに多くの放射を散乱する。また、目は入力放射をほぼ吸収するため、「目が深くくぼんだ白髪交じりの人」という印象を与える。最後に、MWIR画像は、室内照明とはほぼ無関係である。皮膚と毛髪の表面温度が高いために、ほとんど熱放射しか明らかにしない画像になっている。適切な校正を加えれば、顔面皮膚の温度分布を明らかにすることが可能である。
 図1は、IRカメラによって対象用途が異なる理由を説明しているといえる。NIRカメラとSWIRカメラは、太陽または人工光源による環境放射に依存する。その画像は、単一散乱または多重散乱と、対象物とカメラの間の吸収または散乱による減衰が組み合わされた結果である。無作為な1つの例として、定性イメージングは、SWIRを透過する表面層の向こう側を観測するもので、山火事が起きた場合に、もやや煙の先にある物体を検出するために用いられる。
 一方、多くのMWIRカメラやLWIRカメラは、調査対象物のさまざまな表面温度と空間放射率の分布の組み合わせを定量的に検出する。研究以外の典型的な産業用途は、非破壊試験による予知保全や状況監視である。機械装置だけでなく、高電圧や低電圧の電気装置がその対象となる。その他の顕著な用途としては、建造物検査や産業用ガス検知がある。IRイメージングはこれ以外にも、医用イメージング、雲検出、自動車/船舶/航空機の分析、動物/野生生物/スポーツ/山火事/地熱現象のイメージング、軍用、監視など、数多くの分野で利用されている。

図1

図1 本稿の著者をそれぞれ別の日に撮影した、(a)は近UV、(b)はVIS、(c)はSWIR、(d)はMWIR画像。

コスト

現在、光電検出器を装備する最もハイエンドな商用カメラ(価格は10万ドル以上にも上る場合がある)には、100万画素を超える焦点面アレイ(FPA)が搭載されており、レンズによっては、空間分解能が瞬時視野角(IFOV)で定義されている。標準的なIFOVは、約1mrad/pixel(1ピクセルあたり1ミリラジアン)以下である。雑音等価温度(Noise EquivalentTemperature Difference:NETD)で定義される熱感度は、18mK未満にも達する場合があり、時定数はマイクロ秒単位にまで低下していて、サブウィンドウモードにおいて、30kHzを超えるフレームレートでの高速撮影が可能である。オプションで、フィルタや、さらにフィルタホイールまでをも装備するモデルが提供されており、ガスイメージング用に検出スペクトル範囲を狭めることができる。適切なソフトウエアがあれば、ロックイン検出機構のパルスサーモグラフィなどの先進的な手法に対しても、これらのカメラを使用することが可能である。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2022/07/010-013_ft_ir_imaging.pdf