体内の空間データとスペクトルデータを取得するハイパースペクトル画像

スーザン・ペトリ

医療用ハイパースペクトル画像(HSI)は、研究者や外科医、臨床医が体内の風景をより深く観察するために活用される。

赤・緑・青(RBG)の3色は、私たちが地球で日々生きるための知覚とナビゲーションの能力を支えている。数十年にわたるイメージングと人工衛星技術の進歩により、この惑星の風景はRGBだけでなくバンドやレイヤーによって、より深く、豊富で複雑に可視化できるようになった。同様の技術は、研究者や外科医、臨床医が人体の風景をより深く観察するためにも活用されている。
 約50年前、米国宇宙航空局(NASA)と米国地質調査所(USGS)の共同プロジェクトの中で、ヴァージニア・ノーウッド氏(Virginia Norwood)が設計した、4バンドのマルチスペクトルスキャナーシステムであるランドサット1号が打ち上げられた。そのミッションは、宇宙から地球の可視光線と近赤外線(VIS-NIR)のデジタルデータを収集することだった。それ以降、人工衛星が継続的にスペクトルデータを収集している。マルチスペクトル画像(MSI)とハイパースペクトル画像(HSI)を含む成熟したリモートセンシング機能により、50年にわたる空間データとスペクトルデータが、膨大なパブリックドメインのアーカイブとして利用できる(1)。
 250〜2500nmの範囲では、人体の空間データとスペクトルデータもHSIによって取得できる。反射、吸収、放出された放射光をとらえるセンサとソフトウエアを用いて、HSIが各ピクセルを4〜6レイヤーではなく400〜600レイヤーのデータに変換する。
 残念ながら、人体向けのNASAのような組織は存在しない。人体の「可視光を超えた」解剖学と生理学の定量的解析やモデリングのためのリファレンス3Dデータを収集するミッションや予算を持つ単一の施設も存在しない。UV、IR、NIR、短波長赤外線(SWIR)で臓器、組織、体液、細胞を見たときに、正常なものと異常なものの外観と挙動は患者によって異なる場合があり、カタログ化が困難だ。
 そして、健康に関連する問題解決を画像に依存する人々は、さらに解決すべき課題を抱えている。他の高リスクの疾患に対する答えを求めるだけでなく、そのために独自のイメージングツールと高品質なスペクトルライブラリを作成する必要があるかもしれない。
 さらに、チームは収集したデータをどう管理するかを決めなければならない。1つのスペクトルと2つの空間次元を含む未処理の3Dハイパーキューブファイルは、1ファイルで数百Gバイトを超えることがある。データ操作と保存のために、4テラバイト(TB)のコンピュータが基準となる。また、ハイパーキューブが生成する大量の情報から、ノイズ除去、分類、検出、パターンのクラスタリング、必要な情報抽出の手法も学ばなければならない。そこには、複数のアルゴリズムや、最近ではディープラーニングやニューラルネットワークも必要とされている。
 「ハイパースペクトル医療」の精巧さにおののく人がいるかもしれない。しかし、ソフトウエア企業や、大学と民間セクターの共同研究が、この課題に挑んでいる。

データ管理

2019年に米セントルイス・ワシントン大( Washington University in St.Louis)からスピンオフしたソフトウエア企業の1つである米HSpeQ社は、コーディング経験が浅い人でも3Dデータセットを取得、分類、表示しやすくしている。
 同大の放射線科准教授である同社CEO兼創業者のミハイル・ベレジン氏(Mikhail Berezin)は、当初は米国立科学財団(NSF)から資金援助を受けたソフトウエアを、大学からライセンス供与された。2020年、彼らのチームはデータキューブを処理するための入門用ソフトウエア「IDCUbe Lite」の無償ダウンロード提供を開始した(図1)。これまでに400回ダウンロードされた。
 ベレジン氏によると、このソフトウエアは基本的なイメージング原理に馴染みのある人なら誰でも利用でき、使いやすく直感的なインタフェースを持っている。ユーザーは、がんの光学的シグネチャを開発して、前がん組織の自動検出、腫瘍のステージ分類、治療効果のモニタリングに活用できる。さらに、機械学習やAIを含む多くのHSIアルゴリズムが特徴であり、病変や組織異常、異常細胞を迅速に検出して同定することを支援する(図2)。
 このソフトウエアは、UVからSWIRさらにその先の波長にわたって使用でき、さまざまなフォーマットの画像ライブラリを保存、サポートできる。最大10枚の画像セットを同時に分析できる。
 HSpeQ社のソフトウエアをサポートするHSI装置を製造する企業には、米ミドルトン・スペクトルビジョン社(Middleton Spectral Vision)、フィンランドのコニカミノルタ傘下のスペキム社(Specim)、カナダのアリオンオプティクス社(Arion Optics)、米サイトビバ社(CytoViva)などがある。

図1

図1 ヒトの前腕血管を強調したもの。左に従来のRGBカメラによる画像を、右にIDCube処理後のSWIRによるハイパースペクトル画像を示す。データキューブは、米スティングレイ・オプティクス社(StingRay Optics)の色収差フリーのレンズを搭載したスペキム社製SWIRイメージング分光器に、SWIR感受性の2Dヒ化インジウムガリウ(InGaAs)カメラと英ラプターフォトニクス社(raptorphotonics)のNinoxを搭載して取得された。セントルイス・ワシントン大のベレジン氏の研究室のメンバーが作成した。

図2

図2 脂肪肝生検の50倍顕微鏡下のハイパースペクトルデータキューブ。左はデータキューブ内のさまざまなスライスを示す組織生検の3Dビューを、右は端成分アルゴリズムを用いたハイパースペクトルデータキューブ分析を示す。セントルイス・ワシントン大のベレジン氏の研究室のメンバーが作成した。

皮膚表面の研究

皮膚の反射率、透過率、吸光率の研究は、少なくとも前世紀にさかのぼる(2)。近年は、スペインのラス・パルマス・デ・グラン・カナリア大(University of Las Palmas de Gran Canaria)の研究者が、VIS-NIR(400〜1000nm)領域のスナップショットHSカメラを用いて色素製皮膚病変の検出と分類を容易にし、「日常診療内でin situ(その場での)臨床支援のための非侵襲的イメージングモダリティとしての可能性を示した」という(3)。
 だが、HSIを効果的に、非侵襲的かつ非接触のベッドサイド機器にうまく組み込むには、まだやるべきことが残っている。
 ある使用例では、米メリーランド大医学部(University of Maryland School of Medicine)の臨床准教授であるラージャゴーパール・スリニバサン氏(Rajagopal Srinivasan)が、COVID-19による皮疹(COVIDつま先とも呼ばれる)を研究しようと、独自開発したポータブルデバイスを用いた。小型で軽量だったが、撮影すべき面に優しくだが触れる必要があり、使用前後の消毒の問題や、患者と操作者の物理的接触によるリスクの増大が懸念された。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2022/05/040-043_bioft_hyperspectral_imaging.pdf