車載ライダに最適な1550nmのトリプルジャンクションレーザダイオード

ダニエル・チュ、シディ・アボウジャ、デビッド・ビーン

ライダなどの主要システムの進歩によって、自動運転車は現実に近づきつつある。ライダは、どのような光及び道路条件においても、車両や歩行者などの物体を認識できる可能性を秘めている。

ライダ(レーザイメージング、検出、測距、Laser imaging, Detection, And Ranging:LiDAR)は、自動運転車の概念を現実に転換する重要なシステムの1つである。街路や高速道路上の車両や歩行者などの物体を、昼夜を問わず検出して認識すると期待されている。適切な車載ライダが満たすべき最も厳しい要件は、時速75マイル(120km)という標準的な速度で高速道路を走行しているときに、200mまたはそれ以上の範囲にある物体を正しく検出する能力を備えることである。ライダが、それだけ遠く離れた物体をさまざまな気候条件下で検出できる場合に限り、自動車は周囲の他の車両や人間に危険を与えることなく、潜在的な障害物に反応して動作することができる(図 1)。
 残念ながら、市場に提供されているほとんどのライダシステムは、200m先の対象物を検出するには多数のレーザエミッタと複雑なシステム設計が必要になる。905nmなどの短い波長で動作するレーザをベースとする場合、単一のレーザエミッタでは100m先の検出が精いっぱいだからである。実際のところ、905nmの波長が採用される理由は、性能が高いからではなく、商用提供されていてコストが低いからである。性能がこれほど低い主な理由は、国際アイセーフティ規格IEC60825-1(1)に基づく、人間の目に対する潜在的悪影響にある。この規格では、許容出力エネルギーの上限が定められている。905nmレーザのエネルギーを増加させてライダの検出範囲を延長すると、危険な光子が人間の目の角膜と水晶体を通過して網膜に達し、永久的な損傷を引き起こす恐れがある。
 一方、ライダ業界では、1550nmなどのより長い波長が、アイセーフ波長帯(>1300nm)に属するためにライダ光源に最適であることがよく知られている。1300nm以上の波長は、本質的にアイセーフであると考えられている。これらの波長の光は、角膜と水晶体によってほぼ吸収され、目に損傷を引き起こすことなく、無害な形で熱として放散されるためである(1)。1550nmのライダの開発や採用があまり進んでいない理由は、それだけの長波長領域で十分な光子を放出する高出力レーザダイオードが存在しないことにある。1550nmのファイバレーザを使用して長距離性能を達成するライダシステムもあるが、コストが高く複雑であるために、商業的には実現可能ではない。
 本稿では、当社が新しく開発した、1550nmのアイセーフ波長で動作する、トリプルジャンクションの高出力半導体レーザダイオードを紹介する(図 2)。このレーザは、905nmのレーザと1対1で比較して、1秒あたりの生成光子数は50倍、検出距離は3倍である。この画期的な1550nmの半導体レーザは、シングルエミッタで検出範囲が100mという905nm以外の選択肢をライダ業界に提供し、あらゆる種類の長距離検出アプリケーションの可能性を切り拓くものである。
 以下の解析では、1550nmのトリプルジャンクションレーザダイオードと905nmのレーザダイオードを、アイセーフティレベル、許容光子数、検出範囲/対象物の反射率/大気中媒体に基づくフォトンバジェットを基準として比較する。また、レシーバ性能と仮定したシステムパラメータを基に、シングルエミッタのライダシステムを信号雑音比
(SNR)と検出確率PDに基づいてベンチマーク評価し、200mの検出距離に対して1550nmレーザの性能が905nmレーザを容易に上回ることを示す。

図1

図1 ライダ点群の例。

図2

図2 a)とb)は、1550nmのトリプルジャンクションレーザダイオード。c)はその近視野像。

905nmと1550nmのアイセーフレベル

ToF(Time of Flight)手法を採用するシングルエミッタのライダシステムでは、コリメートされたレーザパルスが出射ウィンドウから放出されて、視野(Field Of View:FOV)範囲内の対象空間全体が走査され、車両の前方にある物体で反射する。続いて、レシーバ回路によって、信号光子が収集されて電気信号に変換され、点群データが形成される。出射口で許容されるレーザパルスエネルギーは、利用可能な信号光子の量と、その後のシステム性能を左右する、最初の主要パラメータである。
 IEC 60825-1が定めるクラス1レーザのアイセーフティ基準によると、許容される光子エネルギーは、レーザパルス幅、繰り返し周波数、開口径、ビームウエスト、コリメート角などのパラメータに基づいて決定される。当社の見積もりでは、開口径200μm、ピーク光出力90Wの標準的な905nmのレーザダイオードの場合、許容される最大パルスエネルギーは、100kHzの繰り返し周波数において、3nsのパルスに対して92nJまでに制限される。この最大エネルギーは、すべての光子が人間の目の直径8mmの瞳孔に入射すると仮定して定められている。一方、1550nmの波長は本質的にアイセーフであるため、理論的には、許容パルスエネルギーは、400kHzの繰り返し周波数において、10nsのパルスに対して最大29μJになるはずである。これは、905nmレーザの300倍に相当する。
 実際には、新しく開発されたトリプルジャンクションの1550nmレーザダイオードは、開口径350μm、10nsのパルス幅に対するピーク光出力は110Wで(図 3)、1.1μJの許容エネルギーを生成可能である。これは、905nmレーザの12倍に相当する。4倍の繰り返し周波数と低い光子エネルギーにより、1550nmレーザは1秒間のパルスによって、905nmレーザの80倍の数の光子を生成することができる。

図3

図3 波長1550nm、パルス幅10nsの新しいトリプルジャンクションレーザダイオードのLIデータ。

距離、対象物の反射率、大気損失に基づくフォトンバジェット

ライダシステムの性能を評価するには、レシーバによって収集される前の光子数に影響を与える、さまざまなパラメータを調べる必要がある。以下の式は、ライダを出る光経路に沿った信号光子総数を計算するためのものである。ここで、Rは距離、ρは対象物の反射率、γは大気減光計数、Aはレシーバ開口径、η2はレシーバ光学システムの効率である。

信号は、レシーバ開口径を飛行距離の二乗で割った値に比例して、著しく減衰することが知られている。信号光子はさらに、対象物の表面で吸収、散乱、反射し、返ってきた光子が受光器の開口部で収集される。レーザビームの大気中の伝達率は、exp(-2γR)の項で計算される。係数γは、放射波長と気象学的視程によって異なり、以下の式で表すことができる。

ここで、Rνは視程、λは波長、qは、視程が6km未満の場合はq=0.585Rνで求められる値、6km以上の場合は1.3である。この式を使用すると、200mの距離に伝達される信号は、視程が20km以上の場合で最大98%、視程が2km未満の場合でわずか50%になる可能性があることがわかる。
 フォトンバジェットを調べると、長い検出範囲、低い対象物反射率、大気中媒体による損失に起因して、光子損失はすぐに膨れ上がるため、ライダは使用可能な光子をすべて失ってしまうことになる可能性がある。表は、波長が1550nmと905nmの場合の光子数を示したものである。距離は200m、対象物反射率は10%、視程は20km、レシーバの前の光学システムの伝達率は85%である。重要な点は、1550nmの場合は、使用可能な光子数が905nmの83倍になることである。従って、905nmレーザを使用して、200mの検出範囲に対して輝度と効率の低いライダを、代わりに1550nmのトリプルジャンクションレーザダイオードを使用することによって、輝度と効率が高く、200mの検出範囲全体を測定できるライダに転換することができる。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2022/05/013-017_ft_lidar.pdf