超高速レーザが実現する新たな生物学の可能性

リチャード・ゴーハン

フェムト秒レーザの相互作用の性質を利用して、生体物質と直接作用する新手法が可能となり、細胞ごとに機能を調節できるようになる。

超高速レーザは1ps以下のパルスを発生させ、電子が周囲と相互作用する前に電子にエネルギーを伝達する。例えば、高強度では、電子は2つの光子からエネルギーを受け取り、そのエネルギーは分子振動や他の電子との相互作用で失うことはない(1)。このユニークな相互作用により、マイクロ加工や、生きた細胞の直接操作という独自の性質を実現できる。
 フェムト秒レーザは熱伝達を最小限に抑え、材料が融解したり再凝固したりする前に材料をアブレーションできるため、非常に精巧なマイクロ加工が可能である。さらに、ビームを数ミクロン
のスポットに集光すると、低エネルギーの光子2つを励起できる。このとき、2倍のエネルギーを持つ光子1つは励起しない。これは高強度の場合のみ起こることであり、ターゲット材料との相互作用は集光領域に限られる。
 最初にフェムト秒レーザが開発されたのは1970年代だったが、生物学に関連した進歩は続いている。最近の代表的な開発例は2つある。マイクロ加工と、生きた細胞の直接刺激である。

トラップを設置する

フォトポリマーに特定の波長の光を照射すると、モノマーが結合してポリマーになる。重合波長の2倍のフェムト秒レーザパルスを材料に照射すると2光子重合(TPP)が生じる。これは照射付近でのみ起きるため、TPPは非常に精巧な形状を作製できる。
 中国の東北大(Northeastern University)のハーイボー・ユー教授(Haibo Yu)とリャンチン・リウ教授(Lianqing Liu)らは、TPPを用いて、個々の細胞を機械的に捕捉する自己組織化構造を作製した(2)。200kHzで動作する1030nmレーザによる240fsパルスをフォトポリマーの1点に照射することで「マイクロピラー」を作製した。レーザ出力を変えたり焦点を動かしたりすることで、直径2〜7μm、高さ5〜40μmのマイクロピラーを作製した。また、5μmと10μmからなる二等辺三角形や、10〜20μm間隔で4つのマイクロピラーを配置した「バタフライ」パターンなども作製した(図1)。光を照射後、未重合のフォトレジストを現像液で洗い流して乾燥させる。現像液が蒸発したら、毛細管現象によってマイクロピラーの先端が引き寄せられ、3次元(3D)ケージができあがる。
 目的は、人が介入せずに、常に個々の細胞を保持する構造を作ることである。光学トラップは個々の細胞を保持できるが、複数の細胞を保持したり長時間保持したりする方法は簡単ではない。いくつかの原理証明実験を経て、ユー教授とリウ教授は光学トラップを用いて、個々のマウス線維芽細胞を3Dバタフライケージ内に移した。バタフライケージは、栄養剤添加や培地交換時に生じるような液体の流れがあっても、あるいは連続的な外力がなくても、細胞を保持できた。この新しい機能により、現在では個々の細胞の横断的な研究が可能となっている。
 このように、超高速レーザによるマイクロマシン構造は生物学の研究に有用なだけでなく、生きた細胞の挙動を直接制御できる。

図1

図1 フェムト秒レーザによって、フォトレジストの精巧な構造を作製できる。例えば、バタフライトラップに自己組織化する、このようなマイクロピラーがある。光学ツイーザーによって単一細胞をトラップに移動させる。顕微鏡写真(a)と電子顕微鏡写真(b)から、細胞が保持されていることがわかる。

フレッシュな状態で細胞コントロール

超高速レーザはTPPと同様に、多光子顕微鏡に必要なピーク強度をもたらす。ここでは、フェムト秒レーザを用いて、公称吸収波長の2倍で蛍光ラベルを励起する。以前から、多光子顕微鏡がしばしば一時的にCa2+シグナルを刺激することが研究者の間で知られていた(3)。中国の上海交通大(Shanghai Jiao Tong University)のハオ・ハー教授(Hao He)をはじめとする複数の国際機関の研究者は、これらの研究を続け、さまざまな種類の細胞でCa2+の流入を特異的かつ決定的に促す超高速レーザ手法を発見した(4)。
 カルシウムは、すべての真核生物において多くの細胞プロセスを制御する。細胞膜を介したCa2+の制御や機能に関するメカニズムが多くある。メカニズムの1つにストア作動性カルシウム(SOC)流入がある。小胞体内でCa2+濃度に対してSTIMI1タンパク質が反応し、Orai1という別のタンパク質が結合することで、細胞内にカルシウムを流入できるチャネルを形成する。Orai1チャネル形成の詳細はまだよくわかっていないが、Orai1が緊密な6量体を構成するとカルシウムチャネルが開くというのが一般的な見解である。
 カルシウムシグナルは多くの生物プロセスに必要不可欠であるため、研究者はカルシウム流入を光学的に制御できる遺伝子改変を開発してきた。光制御は、特定の細胞を活性化するための最も侵襲性の低い方法だが、遺伝子改変は侵襲性が高い。ハー教授のチームは、2mWのフェムト秒レーザによる100fsパルスで照射した700nm光を細胞膜に当てることで、野生型細胞のCa2+チャネルを活性化できることを発見した。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2021/11/044-046_bioft_femtosecond_lasers.pdf