民間航空機の客室:ディスプレイの次なるフロンティア

クリス・チノック

航空機の乗客のニーズと、メディアやエンターテインメントのトレンドを予測することは、さらに高品質で高機能なディスプレイを継続的に開発していくために必要な、複数の主要な要素のうちの1つである。

今やスクリーンは至る所に存在することを、消費者は皆知っている。それらは小型化が進み、接続性が高まり、決まって音声やタッチコマンドに対応する。このトレンドは、家庭、ショッピングセンター、車内だけでなく、今では航空機の客室にまで広がっている。このアップグレードサイクルは、民間航空機やビジネスジェットに加えて、開発が進められている最中の新しい超音速機でも生じることになる。これには、シート背面、バルクヘッド(隔壁)、サイドボードのディスプレイの他、バーチャルウィンドウやバーチャルスカイライトが含まれる。
 計画されているコンセプトの中には、かなり興味深いものもある。これらの長期使用の製品向けのハードウエアやソフトウエアは、この次なるフェーズへの参入を画策する企業にとって、非常に魅力的な機会になる可能性がある。しかし、どのようなトレンドがこのアップグレードサイクルを促進していて、どのような要件やニーズが一連の新しいディスプレイに対して存在するのだろうか。
 まずは、航空機市場のニーズが、他の市場にも見られるトレンドと一体的に結びついていることに注意することが重要である。そうしたトレンドは、乗客の要望に影響を与え、ひいては、
ディスプレイや動画関連のソリューションに対する要件を推進する。新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックは、ディスプレイスクリーンの基本的な使用方法を大きく変化させた。パンデミックが収束すれば、教育、動画配信、在宅勤務のための利用は少し落ち着くと思われるが、それらのサービスを提供するために加えられた技術的進歩や、消費者と専門家に提供されたメリットは、その後も残り続ける。消費者は、インターネットに接続された世界と、データや動画関連のサービスの提供に、大きく依存する状態になっている。そうした要求が航空機市場にも拡大していくという予想は、十分に理にかなっている。
 類似のニーズは、自動車市場で既に認識されている。自動車はますますスマートかつ直感的になっており、情報、ナビゲーション、エンターテインメントを提供するためのディスプレイの種
類が拡大している。自動運転機能が提供されるにつれて、乗客だけでなく運転者にまで、多様なディスプレイベースのソリューションを利用する時間的余裕が生まれるようになる。そうすると、高品質のオーディオビジュアル(AV)によるエンターテインメントと通信に瞬時にアクセスする能力に対する期待は、さらに高まっていくと予想される。
 このトレンドは、家庭内においても生じている。1日中ソファに座ったままで、仕事や勉強をしたり、映画やテレビを視聴したり、ゲームをプレイしたりするだけでなく、家電製品を制御し、身の回りの環境を管理し、自宅への出入りの監視や許可を行えるようになる日は近い。
 要するに、高品質の情報やエンターテインメントにすばやく簡単にアクセスしたいという消費者の期待は、現時点で既に現実であり、その期待は今後、高まる一方だということである。航空
機向けの動画/情報ソリューションの開発と導入には数年を要するため、将来の市場トレンドに基づいて、そのソリューションが10年以上使用され続けることを念頭に、要件を定義することが、開発者にとって非常に重要である。

「体験」が新たな「視聴」に

最近まで、消費者や乗客は、エンターテインメントなどのコンテンツをスクリーン上で視聴していた。しかし今では、その期待に変化が生じ、消費者や乗客はコンテンツを体験したいと思うようになっている。その体験は、これまでの視聴とどう違うのだろうか。
 明確な定義はないが、それに影響を与える複数の要素が存在する。あまり取り上げられることのない1つの要素が、オーディオである。5.1〜7.1のチャンネル構成のマルチチャンネルオーディオが今では一般的で、ステレオオーディオ(2.0)と比べて音質は大幅にアップグレードされる。さらなる没入感が味わえる、さらに新しいソリューションも登場している。Dolby AtmosやDTS-Xは、オーディオに高さを加えて、頭上から音が降ってくる感覚を与える音声フォーマットである。そのようなオーディオは、さらに没入感あふれる環境を明らかに構築することができる。
 没入感を演出するためのもう1つの明らかなトレンドが、スクリーンサイズである。コンテンツ作成者が制作しているのは、映画館や大画面テレビ向けの動画であり、小型スクリーンは、そ
れに望ましいフォーマットとは考えられていない。大画面には、広い視野によって視聴者の没入感を大きく高める効果がある。テレビ画面の平均サイズは近年拡大傾向にあり、今日では65インチが一般的な選択肢となっている。
 この体験的インパクトをさらに高めるのが、ハイダイナミックレンジ(HDR)コンテンツである。HDRコンテンツは輝度値の幅を広げて、暗いシャドウ部分の詳細を明らかにすると同時に、ハイライト部分をより明るく表示する。これに広い色域を組み合わせることで、より多くの色を表示するだけでなく、輝度の向上によって、それらの色をより鮮やかに見せることができる。
 3つ目の要素は、解像度である。解像度はほぼすべてのディスプレイアプリケーションで増加し続けており、さらに詳細で豊富なテクスチャを表示できるようになっている。8Kスクリーンに表示される8Kコンテンツには、低解像度のコンテンツやスクリーンに表示できる一部の視覚効果が欠けている。その結果、映像は、窓の外をのぞき込んだような、3Dに似た外観を呈する場合がある。消費者や乗客が今から将来にかけて期待できるのは、そのような視覚体験である。
 以上のトレンドが、民間航空機のエコノミーシートから、超音速機を含むビジネスジェットに至るまでの、航空機客室のディスプレイに対する期待を押し上げていくと考えられる。超音速旅客機コンコルドが運航を停止してから20年近くが経過したが、今では、米ブーム社(Boom)、米航空宇宙局(NASA)、米アエリオン社(Aerion)/米ボーイング社(Boeing)/米ローゼンアビエーション社(Rosen Aviation)など、複数の企業が超音速機を開発している。航空機のデザインやエンジン技術の進歩と、消費者の期待の高まりが、轟くようなソニックブームからのノイズを著しく低減しつつ、より環境に優しい動作条件を生み出す超音速機の復活を推進している。表は、ビジネス機や民間機に今後10年間で必要になると期待されている、ディスプレイベースのソリューションをまとめたものである。

個人用シートモニター

個人用シートモニターは、エコノミークラスでは乗客の1つ前の座席の背面、ビジネスクラスやファーストクラスでは座席ではない面に設置されるディスプレイである。これらの小型ディスプレイの視聴距離は、12インチ(約30cm)しかない。この距離は、航空機、座席配置、クラス(スペースに余裕のあるエコノミーを含む)によって異なり、ビジネスジェットにおいて最も長い。
 シートモニターは一般的に、エコノミークラス、ビジネスクラス、ファーストクラスとクラスが上がるにつれて、大きくなり、乗客からの距離も長くなる。ファーストクラスの客室の中には、32インチのスクリーンが採用されているケースも既に存在する(図1)。そのディスプレイサイズは今後もう少し大きくなる可能性があるが、座席のスペースによって制約されることになる。
 これらのディスプレイに表示される情報は通常、テレビや映画などのエンターテインメントや移動マップである。航空機のコンテンツメニューに掲載されるほとんどの映画やテレビ番組が、
標準画質(Standard Definition:SDまたは480p)、高精細画質(High Definition:HDまたは720p)、フルHD画質(Full High Definition:FHDまたは1080p)のいずれかになる。将来的には、超高精細画質(Ultra-High Definition:UHD/4Kまたは2160p)や、おそらくは8K(4320p)も追加されると期待される。一部のコンテンツは、HDRにもなると予想される。
 既に現れ始めている明らかなトレンドの1つとして、乗客の携帯端末(スマートフォン、タブレット、ノートPC)からのコンテンツを表示できるようにするというものがある。そのコンテンツをシートモニターにキャストまたはミラーリングする機能を、既にサポートする客室もある。このトレンドは、今後加速していくと思われる。
 シートモニターは、ビジネス用のモニターとしての役割も果たすようになる。シートモニターのほうが、携帯端末の画面よりも大きくて高画質ならば、その画面に個人用端末を接続して、ビジネス文書を表示するというのは、理にかなった発想である。そうすれば、キーボードやマウスを置くためのトレイテーブル上のスペースを広げることができる。
 携帯端末からのコンテンツの解像度やフォーマットには幅があり、8KでHDRのコンテンツもおそらく存在する。ビジネスジェットや民間機のエコノミークラスのシートモニターの、やや小さく、乗客との距離が近いという状態は、今後も変わらない可能性が高い。従ってそのディスプレイは、7〜12インチのサイズとHD(720p)からFHD(1080p)の解像度で十分のはずである。より高解像度のコンテンツをそれらのディスプレイに表示する場合は、ダウンスケールが必要になる。

図1

図1 ビジネスクラスやファーストクラスに装備されているシートモニター。(提供:ローゼンアビエーション社)

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2021/11/034-039_ft_display.pdf