進化が止まらない光学系
光学系におけるレンズの歴史は、数千年あり、それを用いた光学系設計法は、これまで進展がなかった。しかし、メタレンズによって、この分野の進化に弾みがついた。新しいアイデア、技術、材料が相次いで発表されている。本稿では、それらの中から、次の4件の研究を紹介する。
1. 光圧縮材料で通常の顕微鏡が超解像度になる
2. VR/AR向けミリメートルサイズのフラットメタレンズ開発
3. 新しい液晶メタレンズ、電動ズーム
4. カメラのレンズ突起除去、レンズの代替で光学系を微
1.光圧縮材料で通常の顕微鏡が超解像度になる
米カリフォルニア大サンディエゴ校(University of California San Diego)の電気光学チームは、普通の光学顕微鏡の分解能を改善する技術を開発した。これは、生きた細胞の微細な構造や細部を直接観察するために利用できる。
この技術は、従来の光学顕微鏡をいわゆる超解像度顕微鏡に変える。それは、光がサンプルを照射する際に光波長を短縮する特別に設計された材料を必要とする。この圧縮された光により、顕微鏡は一段と高解像度で撮像することができる。
「この材料は、低解像度の光を高解像度の光に変換する。それは極めてシンプルで使いやすい。サンプルをその材料に乗せ、次に全体を通常の顕微鏡下に置く。凝った変更は不要である」と電気・コンピュータ工学科のチャオウィー・リュー教授(Zhaowei Liu)は説明している。
Nature Communicationsに 発 表 された研究は、低解像度という従来の光学顕微鏡の大きな限界を克服するものである。光学顕微鏡は生きた細胞のイメージングには便利であるが、もっと小さなものを見るためには使えない。従来の光学顕微鏡は、200nmの分解能限界がある。つまり、この距離よりも近い対象は、個別の物体として観察されない。また、細胞内構造を確認できる解像度を持つ電子顕微鏡のようなより強力なツールがあるが、サンプルを真空チャンバに入れる必要があるため、生きた細胞のイメージングには使えない。
「大きな課題は、高解像度で生きた細胞に安全な技術を見つけることである」とリュー教授は言う。
研究チームが開発した技術は、両方の特徴を統合している。それにより、従来の光学顕微鏡は、最大40nmまでの解像度で生きた細胞下構造のイメージングに使える。
その技術は、双曲線型メタマテリアルと言われる一種の光収縮材料でコーティングされた顕微鏡スライドで構成されている。それは、銀とシリカガラスのナノメートル厚の交替層でできている。光が透過する際に、その波長が短くなり散乱して一連のランダムな高分解能スペックルパターンを生成する。サンプルをスライド上に設置すると、この一連のスペックル光パターンによりさまざまな仕方で照射される。これが一連の低解像度画像を作り、画像はすべてとらえられて、再構成アルゴリズムでつなぎ合わされ、高解像度画像を作り出す。
研究チームは、市販の倒立顕微鏡でその技術をテストした。微細な特徴、アクチンフィラメントなどを蛍光標識されたCos-7細胞でイメージングすることができた。顕微鏡だけを使っては、明確に識別できない特徴である。その技術により、研究者は、40nmから80nm離して置いた微小な蛍光ビーズや量子ドットを明確に識別することができた(図 1)。
研究チームによると、その超解像度技術は、高速動作にも大きな可能性がある。目標は、高速、超解像度、低光毒性を生きた細胞イメージング用の1つのシステムに組み込むことである。
研究チームは、その技術を拡張して、3次元空間で高解像度イメージングを実現しようとしている。
2.VR/AR向けミリメートルサイズのフラットメタレンズ開発
米ハーバード大SEAS(Harvard JohnA. Paulson School of Engineering and Applied Sciences)の研究チームは、VR及びARプラットフォーム向けにミリメートルサイズのフラットレンズを開発した。
過去数十年でコンシューマ技術における多くの進歩にもかかわらず、1つのコンポーネントが、イライラするほどに停滞している、それは光学レンズである。電子デバイスは、年を経るごとにどんどん小さく、高効率になるが、今日の光学レンズの設計と基礎となる物理学は、優に3000年前から変わっていない。
この問題は次世代光学系、仮想現実(VR)向けウエアラブルディスプレイなどの開発のボトルネックになっている。VRは、コンパクトで軽量でコスト効果の優れたコンポーネントを必要としている。
ハーバード大SEASで、フェデリコ・カパッソ氏(Federico Capasso)をリーダーとする研究チームが次世代レンズを開発している。これは、かさばる曲面レンズを簡素な平坦面で置き換えることでそのボトルネックを解消する見込みがある。このフラットレンズは、集光にナノ構造を使う。
2018年、カパッソ氏のチームは、光の可視光全域で機能する無色、収差なしのメタレンズを開発した。しかし、このレンズは、直径がわずか数十μmであり、VRやARシステムでの実用的利用には小さすぎる。
今回、チームは、収差なし、RGBを集光する2mmメタレンズを開発した。また、VRとARアプリケーション向け微小ディスプレイも開発した。研究成果は、Science Advancesに発表されている。
「この最先端のレンズは、新しいタイプの仮想現実(VR)プラットフォームに道を開き、新しい光学デバイスの進歩を遅らせていたボトルネックを克服する」と論文のシニアオーサー、カパッソ氏はコメントしている。
「新しい物理学と新しい設計原理を使い、われわれは、今日の光学デバイスのかさばるレンズを置き換えるフラットレンズを開発した。これは、これまでで最大のRGB無色メタレンズであり、これらのレンズがセンチメートルサイズに拡大され、量産、商用プラットフォームに組み込めるという概念実証である」と論文の筆頭著者、SEASのポスドクフェロー、ツァオイー・リ氏(Zhaoyi Li)は話している。
以前のメタレンズと同様、このレンズは、二酸化チタンアレイを利用して光波長を等しく集光し、収差を除去する。これらのナノアレイの形状やパターンを変更することで、研究チームは光の赤、緑、青色の焦点距離を制御できる。そのレンズをVRシステムに組み込むためにチームは、ファイバスキャニングという方法を利用してニアアイディスプレイを開発した(図 2)。
ファイバスキャニングベース内視鏡バイオイメージング技術からヒントを得たディスプレイは、圧電チューブで光ファイバを利用する。電圧がチューブに印加されると、ファイバ先端は、左右、上下にスキャンして、パターンを表示し、微小ディスプレイを形成する。そのディスプレイは、高解像度、高輝度、高ダイナミックレンジ、及び広い色域を備えている。
VRまたはARプラットフォームでは、メタレンズは、眼の直前にあり、ディスプレイはメタメンズの焦点面内に存在する。ディスプレイによってスキャンされるパターンは、網膜に焦点を結び、メタレンズの助けを借りて、そこで仮想画像を形成する。人の眼には、その画像は、実際の眼から距離があるARモードの展望の一部として現れる。
「われわれは、メタオプティクスが現在のVR技術のボトルネック解消にどのように役立ち、われわれの日常生活で利用される可能性があることを実証した」とリ氏は話している。
次にチームは、レンズをさらに拡大することを狙っている。これにより、現在の大規模製造技術に適合させ、ローコストで量産できるようになる。
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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2021/09/040-043_ft_optics.pdf