宇宙での量子技術の活用を可能にするレーザシステム

アンドレアス・ソス、アンドレアス・ヴィヒト、ビクトリア・ヘンダーソン、マルクス・クルツィク

国際宇宙ステーションにおいてさまざまな極低温原子実験の権利を得るためには多くの段階を踏む必要があり、そこでは統合レーザシステムが重要な役割を果たす。

量子技術は現在、科学において最も注目されているトピックの1つであり、とくに原子センサは開発の進展において重要な役割を果たしている。ここでは原子は周波数基準、超高精度原子時計、磁気計、慣性検知及び重力測定用の原子干渉計のような量子センサ及び量子デバイスにおけるコアコンポーネントである。
 原子干渉計は、応用用途だけでなく、自由落下の一般性の測定(ガリレオのピサの斜塔実験の量子バージョンの実行)といった基礎物理学を探求する物理学者にとっては特に興味深いものである。原子または物質波の干渉計は、おなじみの光をベースとした干渉計の原子版である。波動・粒子二重性は、原子の波動性を光パルスによって制御、指示できるといった具合に利用される。
 干渉計では単色光源を使用することが重要である。つまり、光干渉計であればレーザ、原子干渉計であればボース=アインシュタイン凝縮(Bose-Einstein Condensate:BEC)を用いるということである。BECは原子、より具体的にいうとボソンがnKのオーダーの臨界温度未満にまで冷却されたときに発生するエキゾチックな物質の状態であり、原子はその状態において波動関数が単一の量子状態に「凝縮」する。
それは言い換えれば、同じ(ドブロイ)波長、または「色」を持っているということである。
 BECを生成することは困難だが、世界中の物理学の研究室ではほぼ一般的となっている。ただし、それらを実験室からフィールドに持ち出すことは別の問題だ。BECを生成するためには、超高真空、原子源、安定化された単一周波数レーザ、精密な磁場とマイクロ波の生成、高度な制御電子機器、そして最後に重要なこととして、このような複雑なシステムをリアルタイムかつ高精度で制御する信頼性の高いソフトウエアが必要である。
 このような原子干渉計の感度は、ビームスプリッタの光パルスの間隔を長くすることで向上する。ただし原子を重力の下で落下させる必要があるため、この時間は制限される可能性がある。これを克服するために、いくつかの実験では高さ10mの「噴水」を使用する例もある。別のアプローチでは、重力を完全に取り除く。微小重力プラットフォームで動作できる設備を構築することにより、これらの測定時間をケタ違いに増やすことができる。ただし、実験室での実験をロケットに持ち込むという単純なものではない。設備
は、打ち上げ時の重い機械的負荷に耐えられるように、サイズを小さくして頑丈にする必要がある。

2018年5月24日、米ノースロップ・グラマン社(Northrop Grumman)(旧米オービタルATK社[Orbital ATK])の「シグナス」宇宙船がISSに到着した。この輸送船の主要な荷物はNASAの低温原子研究所であった。(提供:NASA)

テストプラットフォーム:落下塔、観測ロケット、無重力飛行

低温原子実験を実験室から微小重力環境に持ち出すには、レーザ、光学系、電子機器などのコンポーネントをできる限り小さくして、打ち上げ環境の困難さに耐えられるような相当な開発が必要である。このプロセスの進捗状況は、技術成熟度(Technology Readiness Level:TRL)として評価される(1)。NASAは1970年代に技術の成熟度を評価するためにTRLを考案した。TRL1の技術は「基礎理論の着想段階」であることを意味し、TRL 9は「ミッション運用の成功を通じて証明された、実際のシステム飛行」に与えられる。
 打ち上げ荷重に耐えられるシステムを構築するという技術的課題に加えて、実験と予算の両面からTRLに適合する微小重力プラットフォームを選択する必要がある。
 永続する微小重力が理想的だが、最も高いTRLレベルが要求されるため、残念ながら達成するのは最も困難である。幸い、国際宇宙ステーション(Inter national Space Station:ISS)への設置や人工衛星への統合よりもアクセスが容易なプラットフォームがいくつかある。落下塔、放物線飛行、観測ロケットなどのプラットフォームは、何十年にもわたって実験の機会を提供してきた。
 ドイツのZARM落下塔は、長年にわたって低温原子実験を実施してきた(図1)。この高さ146mのタワーは、4.74秒の間、微小重力または自由落下環境を維持できる。その間、ペイロードは塔内の110mの真空チューブを通って落下する。ペイロードが落下する前に上向きに投げられるカタパルト構成では、この時間は約9秒に延長できる。それでもなお、ペイロードが装填される時に塔内を真空にするのに時間がかかるため、1日あたりの落下塔の発射数には制限がある。
 2つめの微小重力テストの方法は、さらに長い落下時間を提供する。「VSB-30」のような観測ロケットは、地上約250kmに到達し、約6分で落下する(図2)。ブラジルのVSB-30は、ドイツ航空宇宙センター(DLR)と欧州宇宙機関(ESA)のミッションに使用される。2017年1月、そのようなミッションの1つであるMAIUS 1実験は、宇宙で初めてBECを生成した(2)。この飛行を完了して、実験システムは観測ロケットでのTRL 9に到達した。
 他にも低温原子実験は、フランス国立宇宙研究センター(CNES)の関連会社である仏ノヴァスペース社(Novespace)が運営する「Zero-G AirbusA310」など、航空機の無重力放物線飛行で実証されている。

図1

図1 ドイツのブレーメンにあるZARM落下塔。(提供:ESA、CC BY-SA 3.0 IGO)

図2

図2 スウェーデン、キルナのロケット発射場エスレンジ(Esrange)からのVSB-30観測ロケットの発射。(提供:DLR、CC-BY3.0)

小さいことはすばらしい:統合レーザシステム

TRLが増加している開発の一例は、低温原子実験の宇宙ミッションで要求されるレーザシステムの進化である。冷却及びトラッピング用のこのようなレーザは、独フェルディナンド・ブラウン高周波技術研究所(FerdinandBraun-Institut, Leibniz-Institut für Höchstfrequenztechnik:FBH)で開発され、一連のミッションで使用され、段階的により高いTRLを達成している。彼らのパートナーである独ベルリン・フンボルト大(Humboldt Universität zu Berlin:HUB)は、レーザシステムの統合を主導している。独ハノーファー大(Leibniz Universität Hannover)や独ヨハネス・グーテンベルク大マインツ(Johannes Gutenberg Universität Mainz)などの他のパートナーは、電子機器やその他の光学モジュールを提供した。

(もっと読む場合は出典元へ)
出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2021/07/010-014_ft_laserssources.pdf