キロヘルツレベルの測定レートを備える、産業グレードのテラヘルツ時間領域分光システム

ニコ・フィーヴェーグ、カーチャ・ダッズィ

インライン厚み測定を対象とした、ECOPS(電子制御の光サンプリング)に基づく産業用テラヘルツ時間領域分光システムは、過酷な環境において、テラヘルツパルスをキロヘルツレベルの速度で測定する。

インライン厚み測定は現在、テラヘルツ光学技術の最も有望な産業用途の1つである。このニーズに応えるべく、独トプティカフォトニクス社(TOPTICA Photonics)は、電子制御の光サンプリング(electronically con trolledoptical sampling:ECOPS)に基づくテラヘルツ時間領域システムを開発した。過酷な産業環境においてもインライン測定を可能にするため、テラヘルツパルスをキロヘルツレベルの速度で測定するように設計されている。
 テラヘルツ時間領域分光(Time-Domain Spectroscopy:TDS)システムを用いた非破壊的な厚み測定は、産業品質管理、コスト管理、プロセス監視において、ますます重要な役割を担っている。有望な応用分野としては、ポリマー部品の押出成形時のインライン制御や、多層スタック内の塗料層やコーティング層の分析などがある(1)。
 この技術の基礎が築かれたのは1990年代だが、テラヘルツシステムの有用性が発揮される場は、長年にわたって研究施設のみに限定されてきた。最大の理由は単純に、産業用途に耐える成熟度に欠けていたためである。例えば、コストは法外に高く、装置サイズは大きく、堅牢性に欠け、信号品質に制約があり、一部のプラットフォームからの測定速度は不十分だった。加えて、超音波センサやX線装置など、安価で確立された代替手段が存在し、非破壊検査の市場を占有していた。産業品質管理の分野では、測定システムに高い要件が課される。例えば、15〜45°Cの温度範囲と強い振動といった過酷な環境的条件に耐えつつ、マイクロメートルかそれ未満の分解能と、キロヘルツレベルの高いスキャンレートでの厚み測定が可能でなければならない。
 テラヘルツTDSシステムは、この20年間で進歩を遂げて成熟し、今では複数の技術的アプローチが市場に提供されている。標準的な商用システムでは、フェムト秒ファイバレーザと光伝導スイッチが、テラヘルツ生成と検出に用いられる。テラヘルツパルスの時間分解検出に用いられるポンププローブ法では、レーザパルスの時間シフトコピーによってテラヘルツ波形をサンプリングするために、可変の時間遅延が必要である。この遅延の品質が、システム性能を左右する重要因子となる。従来のTDS分光計では、機械的な遅延ラインが用いられる場合が多い。それによって非常に正確な測定が可能だが、機械的な動きが必要であるために、取得レート(1秒あたりの波形数)は、数Hzからせいぜい100Hz程度までに制限される。キロヘルツレベルの速度を達成できる特定の機械的スキャナも存在するが、遅延時間幅に制約があり、柔軟性に欠ける。また、機械的な遅延は、高精度な光学素子によって構成されており、アセンブリのコストが高くなるだけでなく、振動や位置ずれの影響を受けやすい。

産業グレードのテラヘルツTDSシステム

上述の産業要件を満たすために、ECOPSに基づくテラヘルツTDSシステムが開発された。信号取得レートがキロヘルツレベルにまで押し上げられている(2)。このようなTDSシステムは、2つの同期されたフェムト秒レーザを使用する(図1a)。1つのレーザの繰り返し周波数を変調して、2つのレーザ間の可変時間遅延を精密に生成することにより、コストのかかる機械的な遅延を、位置合わせの影響を受けやすいフリービーム部品や可動部品とともに不要としている。
 ECOPSにより、最大で1万波形/秒という測定レートまでもが実証されている(3)。また、ECOPSベースのシステムには、通信波長での動作による大きなメリットがある。これには信頼性の高い24時間/ 7日間連続のプッシュボタン操作に対応する、1550nmのファイバレーザの使用と、さらに高い出力を供給する、ファイバ結合のInGaAsベースのテラヘルツアンテナの進歩が含まれる。フリースペース光学部品をファイバ光学部品に置き換え、前述のように、機械的な可動部品をフェーズロックループ電子部品(ECOPS)に置き換えることにより、過酷な条件下でも高速で信頼性の高い測定が可能になる。これにより、このシステムは現在、19インチラックにそのまま搭載できるほどコンパクトで(図1b)、ユーザーは標準化された通信コンポーネントの低い価格と高い信頼性という両方のメリットを最大限に活用することができる。メインユニットとセンサヘッドの間の長いファイバデリバリにより、産業品質管理設備に柔軟に組み込むことができる。また、システムは業界試験規格の他、無線とレーザ安全性に関する規制に準拠する。

図1

図1 (a)は、ECOPSベースのテラヘルツ時間領域分光システムの模式図。(b)は、実際の装置(トプティカフォトニクス社の「TeraFlash smart」システム)の写真。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2021/01/16-18_ft_terahertz_technologies.pdf