サーマルイメージングの原動力となるLWIRカメラ
長波長赤外焦点面アレイにより、室温に近い温度のサーマルイメージングの応用分野が広がっている。
室温またはそれに近い温度の物体のサーマルイメージングは、8〜14μmの長波長赤外(LWIR)のスペクトル帯で一般的に行われる。プランクの法則に基づき、室温(300K)の物体の黒体放射は、約9μmのLWIR帯でピークとなるためだ。LWIRイメージングには、それ自体の光で物体を撮像し、温度に基づいて物体を識別できるという、大きなメリットがある。また、太陽光はLWIR波長の出力が比較的低いため、LWIRイメージングは屋外での利用にも適している。
LWIRイメージングで最も広く使われている種類のセンサで、本稿でも最も多く紹介するのが、非冷却ボロメータ焦点面アレイ(Focal Plane Array:FPA)である。通常は(必ずしもそうであるとは限らないが)、酸化バナジウムが材料として用いられる。LWIRイメージングの応用分野は多岐にわたり、監視及びセキュリティ、生物学や地質学などの科学分野、産業検査とプロセス制御、医療や獣医学の分野などに、多くの用途が存在する。本稿では、現在商用化されているLWIRイメージング装置の例をいくつか挙げて、その背景を簡単に紹介したいと思う。
小ピクセルのイメージング装置
米レオナルドDRS社(Leonardo DRS)は、非冷却酸化バナジウムマイクロボロメータFPA、カメラモジュール、カメラシステムを、軍用及び商用市場向けに製造している。同社の電気光学及び赤外システム事業担当バイスプレジデントを務めるダグ・ランサム氏(Doug Ransom)によると、同社は、17μmピッチアレイのシリーズを補完する形で、小ピクセル(10μmピッチ)アレイのシリーズを開発したという。「U6800」(640×512)や「U9000」(1280×1024)というFPAを含む、同社の10μmピッチアレイは、「Tenum 640」と「Tenum1280」のカメラモジュールに加え、複数の米軍プログラムで用いられているカメラに、センサとして搭載されている。「U3600」(320×240)、「U6160」(640 × 480)、「U8000」(1024 × 768)のFPAなど、同社の17μmピッチアレイは、「Tamarisk」というカメラモジュールファミリーに加え、同社のその他さまざまなシステムレベル製品に、センサとして搭載されている。
「当社は最近、ピクセル設計とプロセス改善で進歩を遂げ、所望の性能レベルを達成したままで、ピクセルサイズを縮小することができるようになった」とランサム氏は述べた。「ピクセルサイズを小さくすると一般的に感度が落ちるので、サイズを縮小する際のこの性能は重要である。当社は、ボロメータの放射吸収素子と変換素子を分離する、特許化されたアンブレラピクセル設計を採用している。この分離によって、焦点面のフィルファクタを最大にすることが可能で、独自のアンブレラ構造設計により、ボロメータの質量と熱時定数が小さくなる」(ランサム氏)。
DRS社は、Tenum 640サーマルイメージングモジュールの量産を2020年第4四半期に開始する。ランサム氏によると、同モジュールは、OEM(Origi nal Equipment Manufacturer)向けに市場に提供される、初めての10μmピッチの非冷却サーマルカメラモジュール(640×512)だという。
OEMによる組み込みを簡素化するために、このモジュールはTamariskシリーズとI/O互換性があり、同じコネクタとフィーチャボードが使用されている。通信プロトコルも同一であるため、OEMはそれぞれの現行製品にTenum 640を接続するだけで、大がかりな設計上の変更を加えることなく、撮像とカメラ制御を開始することができる。
ランサム氏によると、DRS社の非冷却カメラモジュールは2014年から、携帯型消防用カメラに使用されているという。「非冷却LWIRカメラによって消防士は、煙の中でクリアな視界を確保し、被災者の居場所を特定して救助し、危険なホットスポット(火災発生箇所)を確認することができる。DRS社のLWIRカメラモジュールの放射測定(温度測定)機能により、消防士は、危険な建物崩壊に遭遇したり危険な部屋に突入したりする前に、天井や扉の温度を把握することができる」とランサム氏は説明した。DRS社のImage Contrast Enhancement(ICE)アルゴリズムによって、消防士の任務が支援される(図 1)。
人間を含む遠隔温度測定
米イエナオプティック・オプティカル・システムズ社(Jenoptik Optical Systems)を傘下に持つ独イエナオプティック社(Jenoptik)は、サーマルイメージング装置を複数の製品シリーズで提供している。同社の現行製品としては、「IRTCM」カメラ、「VarioCAM」携帯型カメラ、「Blackbird Precision」ポータブル監視キットなどがあり、そのすべてが、モバイルまたは固定型アプリケーションにおいて熱を視覚化して温度異常を検出することを目的に設計及び校正されている。これらに加えて、イエナオプティック社は2020年に、「EVIDIR」という小型非冷却サーマルカメラモジュールの新しいシリーズを発表した。
同社のサーモグラフィカメラ製品シリーズには、VGAまたはXGAで17μmのアモルファスシリコン(ASi)に基づくマイクロボロメータ技術が採用されているが、新しいEVIDIRシリーズの製品には、VGAまたはQVGAで12μmのASiマイクロボロメータが搭載されている。イエナオプティック社のすべてのサーマルカメラで、さまざまな標準構成オプション(カメラフォーマット、フレームレート、通信インタフェース、レンズオプションなど)が提供されている。「これらのカメラはスタンドアロンのデバイスとして完全に機能する が、IRTCM、Blackbird、EVIDIRはOEMアプリケーションに組み込みやすいように設計されている」と、イエナオプティック・オプティカル・システムズ社で先端システム担当北米ディレクターを務めるG・スコット・リボネート氏(G. Scott Libonate)は述べた。「すべてのOEM向けカメラ、特にEVIDIRは、OEMによるカスタマイズを容易にするための構成オプションを提供するという、『ツールボックス』アプローチを採用している。レンズ、シャッター、撮像フォーマット、フレームレート、通信インタフェースなどのオプションはモジュラー式で、顧客が自らのアプリケーションに最も合うように自由に組み合わせられるようになっている」。
リボネート氏によると、イエナオプティック社のすべてのサーマルカメラは、高い感度と温度分解能を備え(NETDは40mK未満)、1/10度以下の相対温度差を判別できるという(図2)。Blackbirdなどのサーモグラフィカメラは、−40〜600°Cの温度範囲に対して2°C未満の絶対精度で、温度を遠隔測定可能だと同氏は付け加えた(最大1200°Cまでの高温キャリブレーションがオプションで提供されている)。
リボネート氏によると、適用分野は、安全とセキュリティ(監視、捜索救助、消防、国境管理、状況認識、UAV)、自動車(先進運転支援システム[ADAS]、自動運転)、産業オートメーション(プロセス制御、予知保全、故障状態検出)などだという。Blackbirdは、プロセス監視、障害検出、サーマルスクリーニングなどの産業用途における遠隔温
度測定を特に対象に設計されており、サーマル監視キット(カメラ、タブレット、視覚化/分析/録画ソフトウエアパッケージを含む)とともに購入することができる。
「これらの機能は最近、新型コロナウイルス感染症(COVID19)対策において有効活用されている。医療用機器を特に意図したわけではないが、Blackbirdを再校正し、ソフトウエアを変更して、ドイツのイエーナにあるイエナオプティック社の施設の入口での体温測定用にその機能を最適化した。そのスクリーニングステーションは現在、施設に入館するすべてのイエナオプティック社従業員の体温チェックに使用されている」とリボネート氏は述べた。
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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2020/09/014-019_pp_thermal_imaging.pdf