フェムト秒増幅器のトレンド — チタンサファイア対イッテルビウム

マルコ・アリゴーニ、スティーブ・ブッチャー、ジョセフ・ヘンリック

チタンサファイアおよびイッテルビウムフェムト秒増幅技術、一方は成熟し、もう一方はとてもダイナミックな状態にあるこれら 2つのコア技術は、現時点では互いに補完的なパフォーマンスを提供しており、いずれを選択するのが最適なのかは、用途次第である。

増幅されたフェムト秒レーザパルスは、高いピークパワー(電界)と非常に短いパルスによって、非線形的なプロセスと優れた時間分解能を達成するため、多数のアプリケーションに採用されている。長年にわたり、超高速発振器/増幅器システムに最適な利得材料といえば、間違いなくチタンサファイア(Ti:サファイア)であった。最近では、イッテルビウム(Yb)をドープした結晶、特にファイバが、ますます幅広い種類のフェムト秒増幅器に使用され、そうした増幅器は、パルスエネルギーと平均出力の面で、かなり異なる(つまり補完的な)性能特性を備えている。本稿では、これら両方の技術とその応用分野の現状について概説し、柔軟な拡張性を備えるYbが今、2つの技術の間のギャップを埋め、チタンサファイア技術がこれまで適用されていた領域に、どのように影響を与え始めているかについて紹介する。

チタンサファイア増幅器

チタンサファイア結晶は利得が高いため、ミリジュール(mJ)あたりの価格が最も低く、最高のパルスエネルギーと最短のパルス幅の増幅器が実現でき、他の追従を許さない。2段階の増幅(一般的には、シングルパス増幅器と再生増幅の構成)を使用することにより、商用の増幅器(米コヒレント社[Coherent]の「Legend Elite HE+」シリーズなど)で、極低温冷却を行うことなく、1kHzで13mJを超えるパルスエネルギーが達成可能である。実際、キロヘルツレベルのチタンサファイア増幅器の設計における制約要因は、利得結晶からの熱抽出と、レーザ上準位の寿命が比較的短いことである。このことにより、これらのミリジュール/パルス増幅器は、熱電(TE)冷却または水冷式であり、7 ~ 15Wの平均出力レベルと1 ~ 10kHzの繰り返し周波数で、最適な性能を示す。その高いパルスエネルギーと、最小で25 fsという短いパルス幅により、数百ギガワットものピークパワーが得られる。
 チタンサファイアは、今や成熟した増幅器技術であるため、新しいモデルは大抵、パワーやキャリアエンベロープ位相(Carrier Envelope Phase:CEP)の安定性など、出力仕様が段階的に改善されている。特にワンボックス型の製品については、信頼性と環境的安定
性を高めてメンテナンス間隔を向上させる取り組みが絶えず続けられている。チタンサファイアは、700 ~ 1080nmの範囲でチューニングが可能だが、増幅器は一般的に、チューニング曲線の800 nmのピーク付近で最適な動作が得られるように設計され、1つ以上のチューナブルな光パラメトリック増幅器(optical parametric amplifier:OPA)を励起することにより、幅広いチューナビリティが達成される。

チタンサファイア増幅器の応用分野

高いパルスエネルギー、短いパルス幅、高いピークパワーというユニークな組み合わせによりチタンサファイア増幅器はこれまでに、物理学、化学、生物学、材料科学における様々なアプリケーションを可能にしている。非常に高度な用途の1つがアト秒物理学である。高高調波発生(High Harmonic Generation:HHG)を用いて、極紫外線(XUV)波長で超広帯域パルスを生成し、これを圧縮することにより、光キャリアがパルスエンベロープに固定されている場合に(CEP安定化)、アト秒スケールの孤立パルスを生成するというものである。
 別の電磁スペクトルでは、チタンサファイア増幅器は、テラヘルツパルスの生成に非常に適している。これらは、例えば半導体材料の調査に利用できる。集積回路では、過渡電界が1cmあたり数十MV(メガボルト)に達する場合がある。固体物理学者は、それ以上の電界強度で基本的な電荷輸送メカニズムがどのように変化するかを解明したいと考えている。多くの半導体材料の標準的な破壊電界強度は、約1MV/cmである。そのため、これらの材料を試験するためにそれよりも高い静的電界を印加すると、直ちに故障(燃焼)が生じる。更に高い磁場を安全に印加するための解決策の1つは、サブピコ秒のテラヘルツパルスを使用することである。
 独レーゲンスブルク大(University of Regensburg)のルパート・フーバー教授(Rupert Huber)の研究室では、安定性の高いチタンサファイア増幅器を、出力にテラヘルツ波数の差がある2個のチューナブルOPAの励起し、固有のCEP安定性に優れたテラヘルツパルスを生成している。このパルスは、100MV/cm近い過渡電界の影響下におけるセレン化ガリウム試料内の電子の挙動(ブロッホ振動など)の調査に使われている。テラヘルツ検出器において8fsのプローブパルスにより、試料からの信号に電気光学的な「ストロボスコープ」のゲーティングを適用することにより、ブロッホ振動や、そうした高い電界において短時間でのみ出現するコヒーレント及び干渉導電メカニズムに関する、重要な情報を含むデータを得ている。
 チタンサファイア増幅器の利用が増加しているもう1つの分野は、2次元分光法である。試料からの光学信号(放射、高調波変換など)を、OPAからの超広帯域パルスの波数の関数として記録することにより、独特の組み合わせの構造的および動的データが得られる(図 1)。ほとんどの2次元分光測定は、時間領域で行われ、フーリエ変換(FT)アルゴリズムによって周波数領域に変換される。1つの周波数の光を使用する代わりに、広帯域光のウルトラファーストパルスを用いることにより、すべての周波数を同時に記録することができる。
 コヒレント社の「Astrella」など、ワンボックス型のチタンサファイア増幅器は、簡易操作で安定していることから、上記のような比較的複雑で、データの取得に数時間から数日もの時間を要する実験に最適である。例えば、米カリフォルニア大バークレー校(University of California, Berkeley)のグラハム・フレミング教授(Graham Fleming)の研究室では、2次元分光法を用いて、次世代の太陽電池に使われる可能性のあるペロブスカイトフィルムの基礎物理学の調査を行っている。米カリフォルニア大サンディエゴ校(University of California,San Diego)のウェイ・シオン教授(Wei Xiong)の研究室では、独自の種類の2次元分光法を用いて、人工光合成での重要性が期待されるCO2削減触媒の研究を行っている。

図1

図1 2次元電子スペクトルにはさまざまな種類の情報が含まれている。(提供:米フレミング・グル
ープ社[Fleming group])

イッテルビウム増幅器とその応用分野

チタンサファイア増幅器は成熟した技術だが、Ybはそれよりも15年以上新しいため、性能向上という点ではよりダイナミックである。チタンサファイアとは異なり、Ybはゲインファイバへの添加剤としても利用可能である。このことにより、光学励起による熱負荷をより大きな表面積/体積の長い経路に拡散させることができる。これにより、バルク材料の添加剤として使用した場合でも、Ybのレーザ発振特性に対する熱感度を低減させることが可能で、チタンサファイアよりも高い励起平均出力が得られ、極低温冷却は不要である。
 また、量子欠損がはるかに小さいため(励起波長980nm / 発振波長1040nmのYbと励起波長532nm /発振波長800nmのチタンサファイアを比較)、熱として失われるエネルギーが小さい。最後に、ダイオードからの波長980nmの励起の方が、LD励起のレーザを用いて532nmに波長変換するレーザよりも安価である。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2020/07/16-19_ft_ultrafast_lasers.pdf