小分子NIR-Ⅱが体内イメージングをさらに深くする

生きた組織は、可視光を強く吸収し、散乱させるが、減衰や散乱が低い2つのスペクトル域が、わずかに長い波長にある。これら2つの帯域は、第1及び第2近赤外(NIR)ウィンドウと呼ばれている。NIR-Ⅱバンドは特に魅力的である。ただし、このバンドで光を放射するラベルは製造が難しい。しかし、米スタンフォード大と中国の武漢大の研究チームは、量子収量を改善した、生体適合有機小分子NIR-Ⅱ染料を開発した(1)。
 NIR-Ⅰウィンドウは、約700 ~ 900nmをカバーするが、NIR-Ⅱウィンドウは、約1000 ~ 1800nmが開いている。一般に散乱は、波長が長くなるに従って縮小するので、NIR-Ⅱでは自家蛍光(ネイティブ分子からの蛍光信号)は、はるかに低い。これは、その低い減衰により深部イメージングが容易になっている場合でも、NIR-Ⅱの信号対雑音比(NIR)が高いということである。とはいえ、ウィンドウがあるからといって、それを開くツール(この場合、適切なフルオロフォア)があるということを意味しない。しかし、試行がないということではなく、最近の報告は、染料を開発する取り組みを要約している。ランタノイドナノ粒子、共役高分子、小分子、炭素ナノチューブ及び他のメカニズムをベースにした染料である。その挑戦は、基礎物理学に根ざしている。

励起状態の重複

 可視光は、主に電子エネルギー準位の変化により物質と相互作用する。すなわち、可視光フォトンに含まれるエネルギーが、物質分子の電子の基底状態と励起状態とのエネルギー差に一致するということである。赤外波長、例えば、5μm以上では、分子の振動状態と相互作用する。すなわち、IRフォトンの非常に低いエネルギーは、例えば、炭素-水素結合における低いエネルギーストレッチと、その結合における、より大きなエネルギー振動との間の差に一致するということである。
 可視光は、分子「内的」の電子の運動を変えるが、IR光は周辺環境に接近しやすい原子の運動を変える。振動つまり回転エネルギーは、温度に対応している。赤外吸収は、今度は物質の温度を上げる。
 NIR-Ⅱウィンドウは、正にこれら両極の間に存在する。また、これが問題が生ずるところである。NIRフォトンは吸収され、電子状態のエネルギーを上げる。しかし、NIRフォトンは、可視光フォトンよりも低エネルギーであるので、励起電子状態は、吸収分子の振動状態と重複する。フォトンが入ってくるが、そのエネルギーは、別のフォトンの形で出る必要がない。振動状態の重複は、要するに、フォトンエネルギーが加熱、環境への非放射転移の原因になる傾向が強いということである。
 量子収量は、出るフォトンと入るフォトンの割合と定義されている。非放射崩壊は、放射崩壊よりも起こりやすいので、NIR-Ⅱ崩壊の量子収量は、一般に非常に低い。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2020/04/010-011_biown_deep-tissue.pdf